ペルー
 
10月19日(水)(金) <プーノ> ときどき

  午前中、ボリビアのコパカパーナへ行くバスチケットを買った。これで、今日がペルー最後の日となった。ペルーは本当に見どころが多くて、1ヶ月なんてあっという間に過ぎていた。濃い1ヵ月だったな。
  どこの国もどこの町も、そこを去るときには何となく寂しくなる。嫌なことがあったとしても、もっと滞在していたくなる。私達はあまり一箇所に長く居ないから、余計にそう思うのかもしれないけれど・・・。

 
10月18日(火) <チチカカ湖ツアー→プーノ> ときどき
折り紙を喜んでくれた子達
  アマンタニ島の民家での宿泊は、とても楽しかった。
  昨夜は、島の人達はもちろん観光客も全員、アマンタニ島の民族衣装を着てのダンスパーティー。ランプの灯りだけの薄暗い集会場に、世界各国の老若男女が同じ民族衣装を着て踊っている、というのは何とも不思議で楽しい光景だった。
  朝、アマンタニ島を後にしてタキーレ島へ向かい、島を散歩してプーノに戻ってきた。
  船の中で、島の子供にあげようかと思って持ってきた折り紙の練習をしていたら、ガイドさんがやって来た。折り紙で鶴を折ってあげたら、お返しにロバを折ってくれた。折り紙なんて知らないのかと思ってたからビックリした。
 
10月17日(月) <プーノ→チチカカ湖ツアー> のち
トトラの船
  プーノを出発した船は、トトラ(チチカカ湖に群生する葦)の間をドンドン進み、トトラでできた浮島に到着した。浮島に初めて上陸したときは感激!一歩足を踏み出すと、地面がグニャっと沈む。でも飛び跳ねても大丈夫なくらいしっかりとしている。とてもただ葦を積んで作っただけとは思えない。
  到着して、まずはガイドさんから島やチチカカ湖についての説明があった。1人のガイドさんが英語とスペイン語、両方で説明するので大変そう。日本人は私達だけだったけど、私達にも気を使ってくれて、いいガイドさんだった。
  浮島では、島も家も船も全部トトラでできている。トトラは火を熾すのにも使うし、食べることもできる。ガイドさんの横には、私達観光客が試食するためのトトラが置いてあった。そのトトラがいつの間にか1本、また1本となくなっていく。ガイドさんの後ろに座っていたお土産売りのインディヘナのオバちゃんが、トトラをこっそり引き抜いては食べていたのだった。オバちゃん、トトラなんかいつでも食べれるだろうに・・・。(ちなみに、トトラは大根みたいな味というか食感だった)
  その後、船はアマンタニ島へと向かった。アマンタニ島が見えてきたとき、私達はやっと気付いた。”トトラでできた浮島は最初に行ったウロス島だけだ”ということに・・・。よく考えれば、そりゃ1時間かけて登るくらいの山があったり、観光客を大勢泊められるだけの家があるってことは、浮島でないのは当たり前なんだけど、チチカカ湖と言えば浮島というイメージしかなかったんだよねぇ・・・。もっと浮島を満喫しとけばよかったっ!
 
10月16日(日) <プーノ> のち
アルパカ(手前)とリャマ(奥)
 実は私、マチュピチュと同じくらい――といっては言い過ぎだけど、チチカカ湖の浮島を見るのを楽しみにしていた。ペルーと言えば、チチカカ湖の浮島に住んでいるインディヘナのオバちゃんを思い浮かべる人も多いんじゃないだろうか?
  そこで、早速ツアー探し。チチカカ湖ツアーは1泊2日か日帰りのツアーが普通らしい。私達は、アマンタニ島の民家に宿泊できる1泊2日のツアーを探していた。ところが今日は日曜日。閉まっている旅行会社が多い。事前の情報では35ソル(1200円くらい)で行けるとのことだったけど、今日開いている旅行会社で聞いたところ、どこも高い。60ソルとか言ってくるところもある。一番安かった39ソルの所で38ソルに値切って、やっと申し込むことができた。日曜日はツアー探しには適していないと実感。
  午後からは暇なので、シユスタニという遺跡へのツアーも一緒に申し込んだ(こちらも相場よりちょっと高かったけど)。途中から雹が降ってきて、じっくり遺跡を見るどころではなかったけど、帰り道に民家に寄って、一般家庭の家の中を見学させてもらえたのが楽しかった。
 
10月15日(土) <クスコ→プーノ> 
ラ・ラヤ峠
 クスコからプーノまでの移動はバスの方が早いし安い。でも私達は、どちらかっていうとバスよりも列車での移動が好きだ。この区間は景色がいい、ということもあって、列車で移動することにした。
  チケットオフィスでは「ファーストクラスがいいですよ〜」と言われた。でも119US$も払えないのでツーリストクラスを購入。こちらは17US$弱。差がありすぎる!と思ったけど、車両を見たらその差は歴然で、ツーリストクラスの車両はオマケでくっついているようなもんだった。
  この列車での旅、標高4319mにあるラ・ラヤ峠に停車した時の景色は、とっても綺麗だったし、何より列車に揺られての移動には風情があった。乗ってよかった、とは思うけど、でも、でも、10時間は長かった。ツーリストクラスの車両に観光客は半分くらい。広々使える!と思ったら、出発間際にペルー人の団体さんがドドドッと入ってきて、車内は一気に満員になった。私達は進行方向の後ろ向きのシートで、背もたれは垂直。この状況で10時間ずっと景色を楽しむのは不可能だった。空いていれば、きっと快適だっただろうけど。
 
10月14日(金) <クスコ> ときどき
おじさん自慢の庭
 昨日作ってもらった書類、ピキリャクタとティポン、そしてセントロ・コスコで見れるフォルクローレのショーが抜けていた。すべて今日行く予定だったので、朝一でチケットオフィスへ行って書類に付け加えてもらった。残念ながらフォルクローレのショーだけはこの書類では見られないらしい。
 ティポン村に着いて、ティポン遺跡への行き方がわからなかったので村の人に聞くと、30〜45分とか1時間とかいう答えが返ってきた。ってことは45分くらいか?タクシーは高いし、45分くらいなら歩けると判断して、歩いて行くことにした。これが大間違い。遺跡は遥か山の頂上にあった。30分くらい歩いたところで、通りがかった子供に「あとどれくらい?」と聞くと「1時間」と言われた。がっくりして疲れたところに雨も降ってきて、豪華なお屋敷の門の前で雨宿りをさせてもらっていると、お屋敷の庭師のおじさんが中に入れてくれた。ここのお庭はとっても立派。おじさんの自慢らしい。ティポン遺跡を真似て作った水路や、橋まであった。スペイン語とケチュア語しかわからないおじさんとの会話は困難を極めたが、私達が「もう行くね」と言うと、雨が降っているからとポンチョを貸してくれた。ここから遺跡まで更に歩いて1時間くらいかかったけど、おじさんとの出会いがあったから歩いてよかったなと思えた。
 そうそう、フォルクローレのショーはフリーパスの書類では入れなかったけど、盗難証明書を見せたらタダで入れてくれました。
 
10月13日(木) <クスコ> のち
クスコの夜
 クスコ近郊遺跡の共通券は、市内のいくつかの博物館にも入場できる。私達には盗難証明書もある(なぜかは10月11日の日記を参照ください)。もちろん入場できることを信じて疑わず、サンカタリナ教会へ入って行った。ところが係りのお姉さんは、あっさり「ノッ」。あれっ、アミーゴでしょ?と再び盗難証明書を出すが、答えはノーだった。「都会はせちがらいね〜」とかいいながら、ガックリしてサンカタリナ教会を後にした。
 このままでは、他の博物館や遺跡にも入れないかもしれない。そこで、共通券を購入できるチケットオフィスへ行ってみた。ここでも盗難証明書を出して、盗まれたことを訴える。すると、共通券と同じ場所に入場できるフリーパスの書類を作ってくれることになった。諦めなくてよかったぁ。これでもう百人力だ!早速サンカタリナ教会へ行き、これでどうだ!と書類を見せたのに、入り口の係りのお姉さんが違う人になっていて、リベンジはならなかった。もちろん教会へは無事入れたけど。
 
10月12日(水) <オリャンタイタンボ→クスコ> ときどき
 オリャンタイタンボは小さな村で、道は細く、昔ながらの石畳。ところが、アグアスカリエンテスへ行く列車の駅があり、大きな遺跡もあるため、訪れる観光客は多い。コレクティーボが通るのも一苦労の細い道に、大型バスがやって来るのだ。
  今日は特別、団体客が多かった。私達がクスコに帰ろうと、ウルバンバ行きのコレクティーボに乗ったところ村の入り口で車が止まり動かなくなった。夫が様子を見に行くと、大型バスがすれ違えなくなって止まってしまい、後ろから来たバスやコレクティーボが前へ前へと入ってきて、大渋滞になっていた。どうやら暫くは動かなそうだ。そこでコレクティーボを降りて、渋滞の一番前に行くことにした。Uターンしてウルバンバに戻るコレクティーボをつかまえよう、という作戦。地元の人も考えは同じで、皆のんびりと道端で待っていた。
 そこに登場したのが1台のタクシー。タクシーは高いから誰も乗らない。ところがこのタクシーが「コレクティーボ、1ソル!」と言い始めた。その瞬間、のんびりと待っていた筈の人々がタクシーに殺到!私達もタクシーに向かってダッシュ!!一瞬出遅れたが、後ろの荷台になんとか入り込んだ。このときのペルー人の素早さには驚いた。結局は、そこで待っていた人全員(10人、運転手を入れて11人)が、無事?5人乗りのタクシーに乗り込むことが出来たのでした。
 
10月11日(火) <アグアスカリエンテス→オリャンタイタンボ> ときどき
 オリャンタイタンボ遺跡
 アグアスカリエンテスからオリャンタイタンボへは、もちろん一番安い20US$のバックパッカークラスの列車で帰った。一番安いということは、一番使い辛いということで・・・朝5時45分発。車両もビスタドームとは随分違って、乗り心地は悪かった。
 オリャンタイタンボに着いて、ご飯を食べていたら、この村に泊まってみたくなって、1泊することにした。ここは観光客が多いわりには落ち着いていて、雰囲気のいい村だ。
 オリャンタイタンボにも規模の大きな遺跡があって、共通券で入ることができる。が、ここで1つ問題がある。私達の持っていた共通券の一枚が、先日盗難に遭ったときに盗まれてしまっているのだ。遺跡の入り口で「盗まれちゃった」と言うが、「新しく買え」と言われてしまった。学割も効かないことだし、もう一回共通券を買う気はさらさらない。ここで盗難証明書の登場だ。悲しい表情をつくり、盗難証明書を差し出す。それを読んだチケット売り場のおじさんは。「オーケー、アミーゴ!」と言って、中に入れてくれた。アミーゴ万歳!
 
10月10日(月) <アグアスカリエンテス> ときどき
マチュピチュ
 いよいよマチュピチュ!朝5時に張り切って起床!!の筈が・・・起きたのは5時半だった。目覚ましが鳴らなかった?と思ったら、なんと最初に鳴った時に夫が止めて、また寝ちゃったらしい。5時半に目が覚めたのは奇跡的だ。それでも急いで支度をして、なんとか6時過ぎのバスには乗ることができた。
 バスの中でも奇跡が起きた。私達の隣りに座っていたアメリカ人のおじさん、良くしゃべるなーと思っていたら、私達にも話し掛けてきた「Can you speak english?」。「A little bit」と答えると、なんとマチュピチュの入場券をくれるという。「なんで?」と聞くと、彼はツアーリーダーで、メンバーの何人かが今日マチュピチュに行くのをやめたので、チケットが余っているのだそうだ。ラッキー♪。おじさんは「クリスマスプレゼント」と言ってチケットを渡してくれた。いや〜、英語できないくせに「A little bit」って答えといてよかった。 今日は生憎の雨模様だったけど、苦労して登ったワイナピチュからは、なんとかマチュピチュを眺めることができたし、午後からは雨が上がってインティプンクへも行くことができた。マチュピチュは本当に神秘的で不思議な場所だった。感動した!!!
 
10月9日(日) <クスコ→アグアスカリエンテス> のち
ビスタドームの車内
 朝一でツーリストポリスへ行って、盗難証明書を貰った。昨日オバちゃんから買った領収書は本物だった。「これで偽物の領収書だったら泣いちゃうね」と話していたので一安心。無事、マチュピチュへ向かうことができる。
 まずクスコからウルバンバ行きのバスに乗り込み、チンチェローで途中下車。市場を見学した後、ウルバンバへ行き、バスを乗り換えてオリャンタイタンボへ。オリャンタイタンボに着いてすぐ、鉄道駅へ向かった。最新情報を知らなかった私達は、アグアスカリエンテス(マチュピチュへの拠点となる村)行きの一番安い列車が20US$になっていてビックリ(10US$だと思ってたから・・・)。更に、今日の夜発のその列車が満席だと聞いて、またまたビックリ(明日なら乗れるらしいが・・・)。
 緊急夫婦会議を開いた結果、今日の昼発のビスタドームで行くことにした。ビスタドームというのは、天井もガラス張りになっている観光列車で、私達には縁がない筈だった。運賃34.5US$也。でも一番安い列車でも20US$と言われるとあまり高く感じない。いや、ペルーの通貨”ソル”に慣れているから、14.5という差額が高く感じないだけかもしれない。US$で払わせるのはペルーレイルの作戦か!?
 何はともあれ、今日中にアグアスカリエンテスに行けることとなった。ビスタドームの列車内はとても綺麗。そして何とサンドイッチとデザートの軽食付き。天井がガラス張りで、明るいうちに走るため、まわりの景色が良く見えて、”マチュピチュへ向かうぞ”という気分を高めることができた。「たまに贅沢するのもいいもんだねぇ」と2人とも大満足だった。

 
10月8日(土) <クスコ> のち
 毎週土曜日にクスコの町でバラティーヨと呼ばれる泥棒市が開かれる。ちょっと面白そう、と思って見に行ったところ事件が起きた!
 バラティーヨはとにかく凄い人ごみだった。露店と露店の間を進んでいると――、前が詰まって進めなくなった。ところが後ろからドンドン押してくる人がいる。「なんだよー」と思っていたら首のあたりに唾をかけられた。唾かけ強盗だと気付いたのは暫くしてからだった。後姿をチラリと見かけて慌てて追いかけたけど、すぐに犯人は見えなくなっちゃった。
 警察に言ったけど、もちろん犯人を捕まえてくれるわけはなく、盗難証明書を出してもらうことになった。この盗難証明書を貰うのに3ソルもかかる!「お金を盗られた善良な旅行者から、これ以上お金を取るのか?」と言いたくなったけど我慢。銀行でお金を振り込んで、領収書を持って行けば明日には受け取れるそうだ。ところが今日は土曜日で、しかも祝日で、お金を振り込む銀行が閉まっていた。なんとか明日中に盗難証明書を貰いたいと思っていたら、銀行の前に領収書を売っているオバちゃんがいた。まったく、うまくできている。オバちゃんは、もちろん3ソルでは売ってくれず、値切りも効かず、5ソルで領収書を購入した。
 
10月7日(金) <クスコ>  ときどき
サクサイワマン遺跡
 今日もクスコ近郊の遺跡巡り。まずはバスに乗ってタンボマチャイへ。ここはインカ時代の沐浴場らしい。昔も今も、雨季も乾季も、同じように水が流れ続けているという。遺跡は修復中で、修復現場を見られたのも面白かった。
 続いてプカプカラ。タンボマチャイからすぐのところにある。見張り所だったというだけあって、見晴らしがよかった。
 ここからケンコー遺跡までバス通りを歩いて45分くらい。ケンコーは石を削って作られている、インカ時代の遺跡の中ではちょっと変わった所だった。
 そこから更に歩いて15分くらいでサクサイワマンに着いた。サクサイワマンでは大きな石を使った石組みが360mも続いている。こんなに大きな石をどうやったらピッタリ積み重ねられるんだろう、と考えれば考えるほど不思議。大迫力だった。
 
10月6日(木) <クスコ> のち
ピサック遺跡
 今日は、ちょっと足を延ばしてピサックまで行くことにした。ピサック村の裏山の上に遺跡がある。遺跡までは歩いて登ることもできるけど、体力にも根性にも自信がない私達は、タクシーで行くことにした。
 クスコの近郊には他にもたくさんの遺跡があり、これらの遺跡とクスコの町の博物館などがセットになった共通券がある。この共通券はとってもお得なので、私達ももちろん共通券を買うつもりだった。しかも学割だと半額になる。ついにグアテマラで作った本物の国際学生証が役に立つときがきた、と喜んでチケット売り場のお兄さんに渡したのだが――「学割は25歳以下じゃないと使えないよ」とあっさり断られてしまった。「そんなぁ・・・」。確かに、30過ぎて「学生ですっ」っていうのは気が引けると思ってたけど、断られると悲しい。でも「ポルファボーーール(お願い)!」って粘ったら、一人分だけ学割にしてくれた。
 ピサック遺跡は、ミニマチュピチュとも言われるだけあって、なかなか素晴らしかった。
 帰りは、下りだからと歩いて降りた。歩いて登って来なくてよかった、と思った。
 
10月5日(水) <クスコ> 
サンドミンゴ教会の石組み
 クスコの町にある宗教博物館・サンブラス教会・カテドラルの3つには共通入場券があって、それぞれに入場料を払うよりもお得になる。この中では特にサンブラス教会が良かった。無料でガイドも付いてくれてたし、1本の木をくりぬいて作ってある祭壇が素晴らしい。祭壇には細かい細工がびっしりと施されていて、じっと見入ってしまった。
 午後からはサンドミンゴ教会へ行った。ここにはインカの石組みが昔のまま残っている。剃刀の刃一枚通さない、というのは本当だ。あまりに良く出来ているので、なんだか作り物みたいに見えてくる。かつてこの石組みの上には、ぐるりと金の帯が付いていて、中庭には等身大の金のリャマが置かれていたそうだ。そんなインカの文化をすべて壊してしまったスペイン人征服者を憎らしく思ってしまう。

 
10月4日(火) <→クスコ> 
 寝れたのか寝れなかったのかよく分からないまま、早朝クスコに到着した。バスターミナルで明るくなるのを待とうと思っていたけれど、ホステルの客引きのお兄ちゃんが来ていたので、彼について行くことにした。ホステルはアルマス広場からは遠かったけど、綺麗で見晴らしもよかったので、すぐに決めてしまった。でも後から考えたらクスコには長居する予定だし、いまいちシックリこない感じがしたし、もうちょっといい宿を探せばよかったな・・・と、ちょっと後悔。

 
10月3日(月) <アレキパ→> 
 当初、アレキパからはプーノに行く予定だった。アレキパからクスコへ行くにはアンデス山脈を越えないといけなくて、大変だろうと思っていたのだ。このルートだと、プーノからクスコへ行って、またプーノに戻る事になる。でも同じ道を戻るというのは、なんかつまらないし、もったいないな〜と思っていた。
 そこでアレキパ→クスコの移動についてバス会社で聞いてみると、ガイドブックに載っているより随分所要時間が短い。道が良くなっているんじゃないだろうか?そして、ランクが上のバスの値段がそんなに高くないことがわかった。そこで、ちょっといいバスでクスコまで行ってしまうことにした。
 バスは2階部分が座席になっていて、とても綺麗。食事も出るし、空いていたので1人2席使えて、かなり快適だった。夜行バスで寝ていたので、道が悪いかどうかなんてまったく気にならなかった。
 
10月2日(土) <アレキパ> 
アレキパの市場
 朝、移動の疲れが出たのか?高地での影響か?夫のお腹の調子が良くなかったので、もう1日休養日にすることにした。お腹の調子が悪いとはいえ、お腹は減るものらしい。昨日贅沢をしたので、今日は市場でご飯を食べることにした。市場の”セビッチェ”も”ロコトレジェーノ”もとても美味しかった。私達は市場の食事でも充分に満足できるB級グルメなのだ。贅沢は、たまにするから感動できる。
 
10月1日(土) <アレキパ> 
 アルマス広場
 チバイからの道のりが思いのほか過酷だったため、今日は休養日にすることにした。休養日といってもお腹は減るもので、観光もしないとなると、何を食べるかしか考える事がなくなる。
 アレキパのアルマス広場の周りを歩いていると、民族衣装を着た女の子達がレストランの客引きをしていた。普段ならあまり相手にしないけど、暇だとつい気になってしまう。で、そのまま客引かれてレストランに入ってしまった。たまにはちょっといいものを食べるのもいいだろう。レストランはビルの屋上にあって、眺めはとってもよかった。その分料理のお値段もとてもよい。私達は、”ロコトレジェーノ”というピーマンの肉詰めのようなものと”ロモサルタード”というお肉とトマト、玉ねぎ、フライドポテトの炒め物を頼んだ。どちらも町の安い食堂でもよくある定番メニューだ。ところが味は一味も二味も違っていた。お肉は柔らかく味付けも○。盛り付けにまで凝っていて、贅沢してよかったと思える物だった。ちなみに安い食堂で食べると3ソル(100円)くらいで食べられる”ロコトレジェーノ”が、ここでは18ソル(600円)でした・・・。
 
9月30日(金) <チバイ→アレキパ> 
コンドル
 今日も早朝出発。かなりの凸凹道をバスに揺られること1時間半、やっとミラドールに到着した。コンドルが飛び始めるのは8時頃と聞いていたけど、私達が到着した時には、すでにコンドルは飛んでいた。時刻はまだ6時半。団体の観光客はいないし、お土産屋のおばちゃん達すらいない。そんな静かな渓谷をコンドルは音もなくスーっと飛んでいた。
 8時頃になるとツアーバスがたくさんやってきて、ミラドールは人で埋め尽くされてしまった。私達は今日中にアレキパまで帰るつもりだったので、9時頃のバスでチバイへ戻った。アレキパへは、次の12時発のバスが満席で、14時までバスターミナルで待つこととなった。ミラドールとチバイの往復、そしてチバイからアレキパ、どちらの道も未舗装のところが多くバスもボロイので、かなり腰にくる移動だった。
 
9月29日(木) <アレキパ→チバイ> 
チバイの市場
 アレキパに来るまで、コルカ渓谷という場所すら知らなかった。ところがこのコルカ渓谷では、ペルーの代表的な鳥、コンドルの飛ぶ姿を間近で見れるらしい。これは行ってみたいと思い、朝4時に起きてバスターミナルへ向かった。
 まずはコルカ渓谷へ行く拠点となる、チバイという村を目指す。バスはどんどん山を登って行き、約3時間半後、やっとチバイ村に到着した。ここからコンドルの見れるミラドール・デル・コルカへはさらにバスに乗らないといけない。今日はチバイに1泊することにした。
 チバイには温泉がある。温泉大国の日本人としては是非入っておきたい。ペルーの温泉は日本と違って水着を着て入るので、当然、私達も水着を用意していた。温泉はちょっとぬるめだったけど、気持ちよくて2時間くらい入っていた。露天風呂(露天プールと言った方が近いかもしれない)もあるので、夜はきれいな星を見ながら入れるだろう。温泉の施設内にはプラネタリウムも建設中だった。
 
9月28日(水) <アレキパ> 
 今日は”アンデス聖地博物館”へ行った。歩き方の地図には、サン・カタリナ修道院前辺りに載っているが、実際にはそこから南西に進んだアルマス広場の次のブロックの左側にあった。
 館内は英語ガイドと一緒に説明を聞きながらまわる。早口の英語で説明され、内容はほとんどわからなかったけど・・・。ここの一番の見どころは”フワニータ”と呼ばれている少女のミイラ。ミイラは3重くらいのガラスのケースに入れられていた。ケース内の温度はかなり低くしてあるらしく、ミイラの首の辺りには霜がビッシリ付いている。発見された時と同じ状態にしているのだと思われるが、あんなに霜が付いてしまって返って傷まないのだろうか、とちょっと心配になってしまった。

 
9月27日(火) <→アレキパ> 
夕暮れのアレキパ
 ナスカから夜行バスでアレキパへやって来た。バスは思ったよりも快適で、道もそれ程悪くなかった。それでも夜行バスは疲れるもので、お昼ごはんを食べてホテルに帰ってきたら、2人でグッスリ眠ってしまった。起きたのは夕方6時。
 夕食は近くのチキン屋さんで済ませた。メキシコ以来、フライドチキンやローストチキンのお店がとっても多い。チキンには、ご飯やポテトが付いてくる。安いし美味しいからいいんだけど、みんなもっと野菜が食べたいとは思わないのか?
 
9月26日(月) <ナスカ→> 
私達が乗ったセスナ
 いよいよ地上絵のフライトに行く。町中に旅行会社はたくさんあったけど、直接空港に行ったほうが安く飛べるという情報を聞いたので、タクシーで空港に行った。
 ナスカの空港も、普通の空港のように建物が1つあるものだと思ってたけど、実際は滑走路に沿って各セスナの会社の事務所がズラリと並んでいるだけだった。
 30US$くらいで飛べるだろうと思って来たのに、どこも高い。手当たり次第に聞きまわって、一軒、アエロモチェという会社が「35US$でいい」と言ってくれた。これ以上安くは行けないかなと思い、ここで申し込むことにした。午前中に飛びたかったけど事務所で結構待たされて、13時、やっと私達がセスナに乗る順番がやってきた。パイロットさんは上手く旋回してくれ、地上絵もよく見えた。酔い止めを飲んでおいたけど最後の方はかなり気持ち悪かった。あと5分長く飛んでたらヤバかったかもしれない。でも、とても楽しくて、大満足のフライトだった。
 
9月25日(日) <ナスカ> 
突然現れた市場
 朝起きると、宿の前の道にビッシリと露店が並び市場になっていた。ビックリしたけど、なんだか楽しい。市場の屋台でセビッチェ(茹でた魚やタコと玉ねぎなどをレモン汁で混ぜたもの)を食べた。すると一緒に食べていたおじさんが「ナスカのフライトならアエロコンドルかアエロパラカスがいいよ」と教えてくれた。ペルーの屋台や食堂では、みんな気軽に声を掛けてくれるので嬉しい。
 ナスカフライトは明日のお楽しみとして、今日はミラドールへ行ってみることにした。イカ行きのバスに乗り、ミラドールで降りる。ミラドールの上からは”木”と”手”のナスカラインが見える。意外にちゃんと見えて感激した。なんでこんな絵を画いたのか、本当に不思議だ。

 
9月24日(土) <リマ→ナスカ> 
 朝、ホテルをチェックアウトする時、宿泊料金が半額になった。どうやらフロントのお兄ちゃんが酔っ払っていたみたい。ラッキー。
 リマを出て7時間後、ナスカに到着した。思ったより客引きがいなくて、ちょっと拍子抜け。
 来る前は暖かいと思っていたリマは、連日曇り空で特に夜は寒かった。ナスカは昼間はかなり暖かい。夜は寒いがリマよりはマシだ。さらにリマでは洗濯物がまったく乾かず苦労していたのに、ナスカでは2時間くらいで乾いてしまった。旅行中、洗濯物が乾かないというのはストレスが溜まるので、ナスカで一気に洗濯できて幸せ。
 
9月23日(金) <リマ> 
アンティクーチョ屋さん
 明日、ナスカへ移動することにしてバスのチケットを買いに行った。リマにはバスターミナルはなく、長距離バスは各バス会社の前から出発する。観光案内所で教えてもらったナスカ行きのバス会社の場所には、オルメーニョとかクルスデルスルとか知ってる名前がなく、シバとフローレスともう1つ(名前は忘れちゃった)の3つのバス会社が並んでいた。道を聞きに入った3つ星ホテルで、お勧めのバス会社を聞くと「フローレス」と即答された。そこでナスカへはフローレスのバスで行くことに決定。
 バスチケットを買ってバス会社を出ると、アンティクーチョの屋台があった。試しに食べてみたけど美味しい!この後もたくさんアンティクーチョを食べたけど、ここのが一番美味しかった。

 
9月22日(木) <リマ> 
 15時から予約していた天野博物館へ行った。ここにはチャビン遺跡から出土した土器や織物がたくさんあって、無料で日本語の説明を聞くことができる。これは特別に嬉しいことだ。海外ではほとんどの場合、現地語、よくても英語での説明しか聞くことができない(日本語ガイドを付ければ別だが高いし、そもそも日本語ガイドすらいないこともある)。
 日本からの団体旅行の方達と一緒に、じっくり説明を聞かせていただいた。説明はとてもためになったし、博物館の所蔵品(特に織物)も素晴らしくて、来てよかった。
 一緒に説明を聞いていた団体さん、10日だったか15日だったかで、ナスカの地上絵を見て、マチュピチュに行って、アマゾンのジャングルにも行ったらしい。みなさんとても元気だった。日本のおじさん、おばさんのパワーは凄い。少し見習わなくては・・・。
 
9月21日(水) <リマ> 
リマの町中に本物の戦車が・・・
 早速、郵便局に行ってグアテマラで送れなかったお土産を送ることにした。予想通りリマから送った方が2、30US$安かった。船便かどうかは忘れちゃったけど、一番安い方法で送ったのに、12日で日本無事到着。すごいぞペルー。
 リマのセントロは治安が悪いと聞いていたけれど、思ったほどではなかった。それでも今日、小さな商店のカフェでコーヒーを飲んでいたときの事、突然若い男の人が入ってきて、私達のテーブルの上にあった食べかけのケーキを食べ始めた。これにはかなりビックリ。ケーキは美味しくなくて残していたものなのでどうでもよかったんだけど、目の前で堂々と人のケーキを食べてしまうとは・・・。す、すごいぞペルー。

 
9月20日(火) <アンティグア→リマ> 
 久しぶりの飛行機だ。フライトは朝の6時。空港はグアテマラシティーにあるため、アンティグアからは45分〜1時間くらいかかる。空港までは旅行会社のシャトルバスがあって5US$くらいでいけるけど、一番早いシャトルバスが朝4時。早朝なので1時間はかからずに行けるとしても5時に空港に着くんじゃちょっと遅い気もする。何があるかわからないし、シャトルバスを頼もうとした旅行会社でも「2時間前には行っていた方がいい」と言われたので、タクシーをお願いすることにした。25US$と高かったけど、結果的には良かったと思う。
 グアテマラ出国には何の手続きもなかった。私達の手元にはグアテマラの出国カードが残っている。これでいいのか??

 


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