グアテマラ 2
 
9月19日(月) <アンティグア> 
 グアテマラで大量に買い込んだお土産を日本に送ろうと、郵便局を訪れた。私達の荷物は約3s。ところがグアテマラからの小包の料金が2sまで、4sまで、と区別されていて、私達の荷物を送るには4s分の送料を払わなければならない。しかも船便がないので高い。迷ったけどペルーから送った方がずっと安いようなので、3s分の荷物をバックパックに詰め込んで行く事にした。
 明日でグアテマラともお別れ。メキシコから食べ続けていたトルティーヤももう食べ収めだ。グアテマラのトルティーヤはメキシコのよりも分厚くてボソボソしているんだけど、私はそれが結構気に入っていた。日本に帰ったら自分で作ってみたい。でも”とうもろこしの粉”って売ってるのかな?
 
9月18日(日) <アンティグア> 
 乗ってくると一気にやり始めるんだけど、なかなか気分が乗らないので、ちっとも進まないホームページ。
 昨日の夜からは、アメリカの情報のページを作っていた。作り始めると、楽しかったアメリカドライブの思い出がたくさん出てきて書きたいことが山のようになってしまった。なんとか見やすいように絞ろうとするんだけど、これがまた難しい。2ヶ月以上前に使っていた歩き方のコピーとか地図とかも引っ張り出してきて、ベットの上がグチャグチャになった。こんなことをしていると、自分が今どこにいるのか判らなくなる。それほど頭の中はすっかりアメリカだった。
 結局、朝の4時半ころまでやったけど終わらなかった。いつまで経ってもリアルタイムにならないよー。
 
9月17日(土) <アンティグア> 
機織り修行中の女の子
 パナハッチェルでの村巡りでは飽き足らず、アンティグアからチキンバスでサン・アントニオ・アグアス・カリエンテスという村へ行った。ここの村の織物は、裏も表もまったく同じ模様になる特殊な織り方で有名らしい。
 バスを降りて村をぐるっと歩いてみたけれど、ちっとも織物なんか見当たらない・・・と思ったらなんとここは隣り村なんだそうだ。どこが境目かよくわからないが「サン・アントニオ・アグアス・カリエンテスはあっちだ」と言われるままに歩いて行った。
 村の広場の近くにお土産屋さんが数軒入っている建物があり、織物がたくさん売っていた。どうやらここはもうサン・アントニオ・アグアス・カリエンテスらしい。一軒のお土産屋さんの前で、小さい女の子が機織りをしていた。何度も間違えて、お母さんに直されながらやっと完成した織物は、見事に裏表同じ模様に仕上がっていて、思わず拍手をしてしまった。村の伝統的な織り方をいつまでも伝えていって欲しいと思った。
 
9月16日(金) <パナハッチェル→アンティグア> 
 久しぶりにアンティグアに戻ってきた。パナハッチェルに行く前は、ペンション田代に泊まっていた。ここも快適なのだが、少々料金が高く感じたので別の宿を探してみた。アンティグアには安宿はたくさんある。私達が泊まることに決めたのは、ツインで60Q、部屋数が少なくて私達の他に一組のカップルが泊まっているだけの静かな宿だった。こんなこじんまりした宿のほうが居心地がよく感じてしまうのは歳のせいだろうか?

 

 
9月15日(木) <パナハッチェル> 
 今日も村巡り。アティトラン湖の周りの村の一つであるサンティアゴ・アティトランへ行った。村に向かうときは、2つの火山の間めがけてボートが進んで景色が良かったけど、村自体はこれまでのところに比べるとイマイチだったかな。
 パナハッチェルに戻って散歩をしていると、知る人ぞ知るパナハッチェルの日本人宿?のオーナー、村岡さんに出会った。村岡さんは、息子さんが住んでいるグアテマラに来て、危険なグアテマラシティーから逃げてパナハッチェルにやって来て、あまりに暇で旅行者を家に泊めてあげたのが宿を始めたきっかけ、だそうだ。優しくて楽しいおじさんだった。現在、パナハッチェルの市場近くの橋のあたりに、30人くらい泊まれる宿を建設中らしい。完成が楽しみだ。
 
9月14日(水) <パナハッチェル> のち
村の教会から湖を眺める
 今日はパナハッチェルから乗合トラックで行ける、サン・カタリーナ・パロポとサン・アントニオ・パロポという村へ行ってみた。移動手段は軽トラックの荷台に長椅子置いただけの乗り物。カラフルな民族衣装を着た村の人たちと一緒にトラックの荷台に揺られる。こんな移動はとっても楽しい。
 村からの湖の眺めも最高だった。

 
9月13日(火) <サン・ペドロ・ラ・ラグーナ→パナハッチェル> 
 サン・ペドロ・ラ・ラグーナの時間の流れに飲み込まれそうになったけど、私達にはグアテマラ出発まで残り7日間というリミットがあったため、パナハッチェルに移動することにした。
 出発の支度をしているときに、ショッキングな事実が判明した。メキシコのオアハカで買い、そこから今まで丁寧に持ってきていた”アステカカレンダーの絵”がない!折り目を付けたくなくて、くるくる巻いてビニールで包んで持っていたのに、それがない!!アンティグアを出るときまでは持っていたはずなのに、どこかに置いてきちゃったか、盗まれたか・・・。
 メキシコにはアステカ文明やマヤ文明のお土産がたくさんあった。きっとグアテマラにも同じようなものが売ってるだろうと思って買わずに我慢してきたら、グアテマラにあるのは民芸品ばかり。あれが唯一の遺跡系のお土産だっただけにショックが大きい。
 誰かオアハカに行ったら、私のために”アステカカレンダーの絵”買ってきてくださ〜い。
 
9月12日(月) <サン・ペドロ・ラ・ラグーナ> 
猫ものんびり
 この村の時間の流れに従って、湖を眺め、散歩をして一日を終えた。
 サン・ペドロ・ラ・ラグーナは、先住民の多く住む、小さな静かな村だ。ところが一方で、裏の細〜い道にも世界各国の料理を出すお洒落なレストランがあったり、スペイン語学校があったり、ホテルがたくさんあったりする。ここは長期滞在の旅行者に居心地のいいように開拓された、旅行者の村でもあるようだった。
 
9月11日(日) <アンティグア→パナハッチェル→サン・ペドロ・ラ・ラグーナ> 
サン・ペドロ・ラ・ラグーナ
へ向かうボートから
 航空券を買い、グアテマラに居られるのはあと9日間となった。
 今日は、朝一のバスに乗りアティトラン湖のほとりにあるパナハッチェルへ、パナハッチェルからボートに乗りサン・ペドロ・ラ・ラグ−ナという村へ行った。のんびり、ゆっくり時間が流れている村。物価も他の都市に比べて安く、イスラエル人も多く見られる。そんなところだった。
 
9月10日(土) <アンティグア> 
 グアテマラの次に向かうのは、南米ペルー。グアテマラで安い航空券が見つからなかったらもう一度メキシコへ戻るつもりでいたのだが、無事グアテマラでも安い航空券が買えることとなった。
 アンティグアの旅行代理店の前には、エクアドルのキトやペルーのリマなどへの航空券のかなり安い料金が出ている。リマ行きの安い料金のものは、コパ航空の片道航空券で、朝6時・ニカラグア経由パナマ乗換えの便、しかも学割という制限つき。
 コパ航空はコンチネンタル航空の子会社のようなところで「安いけどなかなか良い」とメキシコの旅行会社で聞いていたので問題なし。朝6時・ニカラグア経由パナマ乗換え、というのも安いとあれば我慢しよう。片道航空券、これはちょっと気になった。最初の旅の日本出発のときに、片道航空券で大変な思いをした事件が蘇る。一応旅行会社に確認したところ、問題ないという。私達も「まぁ片道で売ってるのだから大丈夫だろう」と思うことにした。一番引っ掛かるのが学割であること。つまり学生じゃないと買えないのだ。ところがここはグアテマラ・アンティグア。スペイン語学校は山ほどある。私達も(表向き)数あるスペイン語学校に入学?し、晴れて学生となり、格安航空券をゲットすることができたのだった。本物の学生証のおまけ付き♪

9月9日(金) <チキムラ→グアテマラシティー→アンティグア> 
織物でできたドナルド
 チキムラからは、スピード狂の運転手さんのおかげで思ったより早くグアテマラシティ−に到着した。
 グアテマラシティーのマクドナルドで一息いれアンティグアへ向かう。
 アンティグア行きのバスはアメリカのスクールバスを改造したような感じのもので、2人掛けの席に3人で座るのが基本。しかし、3人目はお尻半分を椅子に引っ掛ける程度にしか座れず辛い!人一人通るのがやっとの通路には2人くらい立っている人がいて、更にその通路を、車掌のお兄ちゃんが料金集めに行ったり来たりする!!(なぜ通れるのか?)更に更に、乗客の乗り降りも頻繁に行われる!!!
 バスはかなり頻繁に出ているのに、よくもこれだけ乗る人がいるもんだと感心してしまった。これがグアテマラ名物の”チキンバス”だ。グアテマラシティー・アンティグア間はチキンバス内での強盗事件も多いとか・・・。激しい乗り物だった。

 


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