メキシコ
 
8月20日(土)  <カンクン→ハバナ> のち 
 いよいよキューバ旅行の始まりだ。カンクンの空港は夏休みが終わって帰国するアメリカ人でいっぱいだった。アメリカン航空のカウンターがズラリと並ぶ中、ひっそりと開かれているクバーナ航空のカウンターでチェックインの手続きを済ませる。搭乗時間まで待っている間、メキシコの出国手続きをしていないと思いイミグレーションを探したけど入国のイミグレーションしかなかった。どうやら出国手続きは不要のよう。搭乗時にツーリストカードだけ回収された。
 飛行機は40人乗りのプロペラ機。でも思ったより揺れなかったし、煙も出てこなかった(離陸時に機内に煙が充満すると聞いていたので、ちょっと期待していたのに)。
 ハバナの空港から市内までは送迎が付いていた。タクシーでぼられないかとか、ちゃんとホテルまで連れて行ってもらえるかとか、余計な心配をしなくていいというのは気が楽だ。

 
8月19日(金)  <カンクン> のち  
カンペチェの夕暮れ
 今日もやっぱりビーチへ。ホテルゾーンの一番セントロ側にあるパブリックビーチへ行った。ホテルのビーチほどきれいではないが、メキシコ人の家族が遊びにきていて、これはこれで楽しいところだ。今日は朝から曇っていて、ついに雷が鳴り始めたので、早めに海から上がってホテルゾーンのショッピングエリアに行くことにした。私達が買いたいようなものは特になかったけれど、(高いが)お土産品や、ブランド物も売っている。 このショッピングエリアの裏のビーチもとてもきれいだった。岩場で波もちょっと高いが、白い砂と青い海はカンクンそのもの。3階のフードコートからもこのきれいな海を眺められるのでお勧めポイントだ。

 
8月18日(木)  <カンクン> 
 キューバへのフライトが20日まで取れなかったので、カンクンでゆっくりできることになった。今日はカンクンから船で20分くらいのところにある、イスラ・ムヘーレスという小さな島へ行った。着いた瞬間から「ここに泊まればよかったね」と言ってしまったほど、のんびりしていていい島だった。海もカンクンに負けず劣らずとってもきれい。町は小さいけど、かわいいレストランやホテルが並んでいる。観光客はゴルフカートを借りて島をドライブしていた。
 ビーチに行くとデッキチェアとパラソルのレンタルがあったが、1日100ペソ(1070円くらい)もする。日本と変わらない。そんなものは借りられないので、メキシコ人と一緒に椰子の木陰に陣取ることにした。日焼け止めも塗ったし気を付けていたのに日差しの強さには勝てず、私の肌はますます黒くなる一方だ。この歳でこの日焼けはヤバイとわかっているんだけど、どうにもならない・・・。
 帰りの船では丸い夕日が水平線に沈み、逆の水平線から満月が昇るという素敵な光景を目にすることができた。こんなのなかなか見れないだろう。

 
8月17日(水)  <カンクン> 
 朝、早速昨日の旅行会社に行った。昨日はスペイン語オンリーのおじさんが対応してくれて、英語が話せる人なんているのか?と思っていたけど、今日はバリバリ働いてる若い男の人がカウンターに座っていた。もちろん英語もしゃべれる。
 キューバへの航空券は275US$。予算どおりの値段だ。さらにホテルを付けたパックにするともっとお得になるらしい。ホテルはキューバ名物?のカサ・バルティクラールという民泊に泊まってみたかったのだけど、ホテルのパックには空港とホテルの間の送迎も付いてくるのでなかなかよい。ということでキューバに着いた最初の日と最後の日のホテルを付けたパックにすることにした。間の日はどこへ行こうと、どこへ泊まろうと自由。航空券は15日FIXなので滞在日数は自分達で決められる。これでTAX、キューバのツーリストカード込みで330US$。大きな出費ではあったがキューバに行ける嬉しさと、航空券を安く買えたことで、かなり満足だった。あとは、あまり評判のよくないクバーナ航空が無事飛んでくれることを祈るばかり。

 
8月16日(火)  <カンクン> ときどき 
ホテルゾーン奥のパブリックビーチ
 「カンクンからキューバに行く人って多いんだって」とこれまでなんとなく話題にしていたが、カンクンに来てみて、(なぜだかわからないが)すごくキューバに行きたくなってきた。そこで航空券を探すことにした。1泊ホテル付きで374US$、これが一番安かった値段。予想より高いなと思って保留にしておいたが、これが正解だった。夕方歩いていて見つけた旅行会社はどうやらキューバ専門のよう。英語を話せる人がいなくて「明日またおいで」と言われたけど、ちょっと聞いた限りでは結構安い。
 午後にホテルゾーンのビーチへ行ってみた。どこからビーチに入るのかわからず、お客の顔してシェラトンのビーチで泳いだ。「お飲み物は頼みますか?」なんて言われてドキドキしたけど、ちゃっかりデッキチェアまで使っちゃった。

 
8月15日(月)  <メリダ→チェチェンイツァー→カンクン> のち 
チェチェンイツァー
 結局ウシュマルには行くのは止めた。「すごい遺跡だってたくさん見ちゃうと一個一個の印象が薄れちゃうもんね」と負け惜しみを言いながら・・・。
 朝一で荷物をまとめてバスに乗り、チェチェンイツァーを見学した後、カンクンに行ってしまうことにした。 チェチェンイツァーの入場料はやっぱり88ペソだった。しかもその内訳が、遺跡の入場料が38ペソ、ユカタン州へ払う税金みたいなもの?が50ペソだという。なんでユカタン州だけそんな決まりを作ったのー?このお金が遺跡の保存にきちんと使われることを願う。
 遺跡は、きれいに整備されすぎている気がして感動的とまではいかなかったけど、なかなか壮大だった。球戯場なんかは昔の様子を思い浮かべられる気がしたし。個人的にはトルテカ文明の影響を受ける前の、旧チェチェンイツァーの雰囲気が好きだった。
 帰りは16時半発のバスに乗ってカンクンへ。着いたときには暗くなってたけど、カンクンは夜も人が多くて安心できた。目当てにしてたホテル”カサ吉田”がなくなってて(後日他の場所に移転したのを知った)ホテル探しにはちょっと苦労した。

 
8月14日(日)  <メリダ> のち  のち 
踊る”白衣を着たおじさん”
 今日ウシュマル遺跡に行こうと言ってたのに、起きるのが遅くなったのでメリダの町を散策することにした。日曜日だからか、ソカロの周りが歩行者天国になっていて屋台がたくさんでている。カテドラルの前では、メキシコでよく見かける、”白衣を着たおじさん”がトレードマークの薬屋さんがイベントをやっていた。カテドラルではミサをやっているのに、その外ではノリノリの曲で”おじさん”の着ぐるみが踊っている。お菓子やらジュースやらを無料で配っていたので、私ももらおうと列に並んでいたら、”おじさん”の着ぐるみに見つかって一緒に踊らされてしまった。
 観光案内所でチェチェンイツァーやウシュマルについて聞いたら、入場料が88ペソ(約940円)だということがわかった。チェチェンイツァーだけならまだしもウシュマルまでもそんなに高いのか・・・。

 
8月13日(土)  <カンペチェ→メリダ> のち  のち 
エビのカクテル
 今日の移動は距離が短いということもあって、2等バスを利用することにした。メキシコのバスは2等でも悪くない。クーラーは効いてるし、椅子も綺麗。1等との違いは、止まる回数が多いこととトイレが付いていないこと、ビデオが流れないことくらいだろうか。
 夕方メリダの市場に行ってみた。閉まっている店が多かったけど食堂はやっていた。ここの食堂は海鮮専門らしい。そこで前々から食べたいと思っていたエビのカクテルを食べてみることにした。メキシコ人はエビを良く食べる。なかでもエビのカクテルは人気で、ちょっと高いのだけど食べている人が多い。出てきたものは簡単に言えば薄いトマトケチャップに茹でたエビが入っている物。これにいろいろな調味料をミックスしてトスターダスやクラッカーと一緒に食べると美味しい!メキシコ版エビチリか?

 
8月12日(金)  <カンペチェ> のち 
 メキシコ人はスーパーでいろいろなごまかし方をする。
 こないだは果物売り場のイチゴのパックを勝手に開けて食べていた(しかも美味しそうなのを選んで)。ブドウのパックなんて、どこのスーパーでもほとんど空っぽになっている。
 今日はポテトチップを買っていったお姉さん。一袋食べてその袋は丸めて手の中に隠し、もう一袋を食べながらお会計。
 だいたいみんな、レジでお金を払う前にジュースなど飲んでしまっていることが多い。それでもお金を払えばいいらしいのだが、全部飲んで空きボトルがレジの手前に置いてあったりする。
 さらにすごいのは、スーパーの人もそれ程気にしてないようなのだ。国民性の違いなんだろうか・・・。

 
8月11日(木)  <ビジャエルモサ→カンペチェ> のち  のち 
カンペチェの夕暮れ
 今日のバスは寒かった。いつもと同じADO(アデオ)社のバスだったのに、私の席のクーラーの通風口が壊れていて閉じず、シャツを羽織っても寒くて手がかじかんでくるほど。途中の休憩でバスを降りると外との温度差でメガネが曇ってしまったほどだった。
 バスがメキシコ湾に出ると、小さい釣り舟が並んでいるかわいい町を通り過ぎた。こういうところで気軽に降りたりできたらもっと旅が楽しいだろうな。
 夕方すごいスコールが降ってきた。雨のあと旧市街の道路は川のようになっていた。カンペチェの旧市街の歩道がずいぶん高くなってるなと思っていたのだが、スコール対策なのかもしれない。

 
8月10日(水) <ビジャエルモサ>
オルメカの戦士
 ビジャエルモサはオルメカ文明の栄えた町だ。そこで、郊外のラベンタというところから出土したオルメカ文明の遺跡を展示してあるラベンタ遺跡公園へ行った。ここはジャングルの中に遺跡が展示してあり、動物園もある。特に珍しい動物がいるわけではないが、この辺のジャングルにはジャガーが住んでいるということで、ジャガーがたくさんいた。遺跡の方はというと、町とは逆に、あまり期待していなかったのに面白かった。トルテカやマヤの遺跡とは違う感じなので余計にそう思ったのかもしれない。
 いくら素晴らしいものでも、ずっと同じものを見ていると飽きてきてしまう。人間とは贅沢なものだ。

 
8月 9日(火) <パレンケ→ビジャエルモサ>
 ビジャエルモサへ行くのはちょっと遠回りになるのでやめようと思っていたけど、サンクリストバルであったメキシコ人のおじさんに「ビジャエルモサはとても美しいところだ」と聞いたので、またまた予定を変更し行ってみることにした。
 確かに整っているきれいな町だけど、かなり都会で、私達にとってはあまり魅力的な町ではなかった。ちょっと残念。
 ビジャエルモサで久しぶりにコンビニを発見。入ってみるとクーラーがガンガンに聞いていて快適。イートイン・スペースがあったので、カップラーメンを食べることにした。日清のカップラーメン(メイドイン・アメリカだけど)で、久々の日本の味とクーラーの涼しさで極楽極楽。

 
8月 8日(月)  <パレンケ> のち  のち 
パレンケ遺跡
 涼しいうちに遺跡へ行こうと、朝早くホテルを出た。遺跡へ行くバスはすぐにつかまったのだが、遺跡の少し手前で検問があって、ここは国立公園になっているので入場料が必要、と一人10ペソ取られた。領収書もあったし、あとで観光案内所で聞いても払わなくてはいけないと言われたので仕方ないが、外国人の私達だけ取られたのは納得いかない。
 パレンケ遺跡はジャングルのなかに遺跡があるという感じでいい雰囲気だ。暑かったのと、遺跡に食べ物を持ち込んではいけなくて、せっかく用意してきたおやつを預けてしまったので、半日くらいで出てきてしまったが、なかなかよかった。

8月 7日(日)  <サン・クリストバル・デ・ラス・カサス→パレンケ>
 予定ではここからカンペチェへ行くつもりだったけど、そこまで行くとバスに乗ってる時間が長いのと、パレンケ遺跡が結構いいと聞いたので、パレンケに寄ることにした。
 メキシコの1等バスはとても快適で、トイレも付いているしビデオも流れる。今回はそのビデオが”マスク・オブ・ゾロ”だった。見ようと思っていたのだが、サン・クリストバル・デ・ラス・カサスからパレンケへの道は山道ですごくクネクネしている。酔い止めを飲んだけどビデオを見るどころじゃなくて、早く着いて〜と思いながらの辛い移動だった。
 サン・クリストバル・デ・ラス・カサスに比べるとパレンケはずっと標高が低く、暑い!!

8月 6日(土)  <サン・クリストバル・デ・ラス・カサス> 
シナカンタン村の教会
  朝起きると腕が重い。筋肉痛だ。内腿が一番ヒドイかなと思っていたけど、意外にも腕にきている。それにしても翌日に筋肉痛がでるなんて、まだ若い!?なんてちょっと喜んでしまった。
 今日はコンビ(乗合のワゴン車)に乗ってシナカンタン村へ行った。昨日のチャムラ村とは、宗教や民族衣装が少し違うよう。でもチャムラ村の方が賑わってたな。ぐるっと村を見て廻って帰ることにした。再びコンビに乗って出発を待つ。こういう所ではよくあることなのだが、このコンビは満員(定員は8人)にならないと発車しない。あと2人で満員というところまできてなかなか人が集まらない。20分くらい待って、私が写真を撮りに行っている間に他の乗客がタクシーに乗り換えて行ってしまった。振り出しに戻ってしまった・・・。しかたなくまた満員になるのを待つ。すぐに何人か集まったが、なかなか満員にならない。30分くらい待って、タクシーで帰ろうかと話していると、どこからか人が出てきて満員になり出発することができた。ここではこのくらい待つことはあたりまえなんだ。

 
8月 5日(金)  <サン・クリストバル・デ・ラス・カサス> 
 サン・クリストバル・デ・ラス・カサス(以下サンクリとする)のまわりには、先住民の方達が住んでいる村が点在している。町には旅行会社もたくさんあって、村を訪問するツアーをたくさん扱っている。私達はそんなツアーの中の、チャムラ村を馬で訪れるツアーに参加することにした。気軽に申し込んでしまったが、私達はもちろん乗馬は初めて。大丈夫なのか?
 朝、トラックの荷台に揺られて馬のいる牧場へ向かった。一応、背の高さを見ながら馬を振り分けてくれたものの、何の説明もなく出発。馬は慣れたもので、こちらが何もしなくても勝手に歩いてくれる。ところがこちらはまったく余裕なし。ただ歩いている馬に乗っているだけでもだんだんキツクなってくるのに、ときどき馬が走るのだ。とりあえず落とされないように必死につかまっていた。それでも私の馬はおとなしくて、一番最後からゆっくり行ってくれたのでよかった。ところが夫の乗った馬は暴れん坊。かなり本気で走ってくれたらしく、チャムラ村に着いたときにはお尻の皮がベロリと剥けてしまっていた。馬で来たということは、馬で帰らなければいけないということ。お尻や腿の痛みに耐えながら、なんとか無事サンクリまで戻ってきた。とっても大変だったけど、いい経験だった。また機会があったら馬に乗ってみたいと思う。
 楽しい乗馬だったけど、私達のツアーで一緒だったアメリカ人の女性は、落馬して途中で帰ることになってしまった。参加する人は充分気をつけてくださいね

 
8月 4日(木)  <サン・クリストバル・デ・ラス・カサス> 
 カフェでお茶をしていて、フッと思い出した。そう言えば往復で買った成田−ロサンゼルスの航空券の復路のフライトが今日だった。キャンセルの電話をしようと思っていてすっかり忘れていた。このまま何も言わなくても大丈夫かなとも思ったけど、せっかく思い出したんだから電話することに。とは言ってもすでにフライト時間の2時間前。急いでテレフォンカードを買って電話をかけてみる。サン・クリストバル・デ・ラス・カサスの電話事情があまりよくないのか、なかなか繋がらない。やっと繋がったと思ったら、音声案内が流れて(もちろん英語なので)何を言ってるのかよくわからない。やっと日本語のできる人に繋がったと思ったら途中でテレフォンカードが切れてしまった。ここまできたらきちんとやりたい。もう一枚テレフォンカードを買って、また掛けなおし、なんとかキャンセルすることに成功した。このときすでに飛行機の出発時刻10分前くらい。こんなんでキャンセルした意味あるのかな。

 
8月 3日(水)  <→サン・クリストバル・デ・ラス・カサス> のち 
 サン・クリストバル・デ・ラス・カサス(以下サンクリとする)の町は、カラフルな石の壁に瓦屋根の家々が並んでいてかわいい感じだった。朝着いて、早速、教会のまわりに並ぶ露店を散策した。オアハカの市場にもあった刺繍のブラウスは、ここでも買うことができる。買おう買おうと思っていてタイミングを逃していたが、ついにゲット。オアハカの方が柄の種類が多い気がするが、サンクリの方が断然安い。見てると買いたいものがたくさん出てくるが、今日はこのくらいにしておこう。

 
8月 2日(火) <オアハカ→> のち 
 今日の夜行バスでサン・クリストバル・デ・ラス・カサス(以下サンクリとする)へ行く。19時発のバスを予約していたが、早めにバスターミナルに行った。18時ころから雷が鳴ってものすごい雨が降ってきたので、早く来てよかった。
 バスは相変わらずきれいだったが、途中から山道になり辛かった。酔い止めを飲んでなんとか凌いだ。

 
8月 1日(月) <オアハカ>
 予定では今日はゲラゲッツァ祭のはず・・・、とまた悲しくなりそうだったが、気を取り直して、オアハカ名産のチョコレートのお店に行くことにした。チョコレートは市場でもたくさん売っているけど、市場の外にあるMayordomoというチョコレート屋さんは、いつ行っても大混雑の人気のお店だ。お店のなかでチョコレートを加工しているところも見られるし、試食もできる。私達は連日ここのチョコレートドリンクを飲みに来ていた。ホットチョコレートを頼むと、その場で熱い牛乳に板チョコを溶かして作ってくれる。板チョコも買ってみたけど、カカオたっぷりという感じで癖になる味だ。

7月31日(日) <オアハカ>
 今日はミトラ遺跡に行った。2等バスターミナルから乗ったバスはオンボロだった。こんなバスを乗り継いでの旅は快適なバスに乗るのとは違った楽しさがある。ミトラ遺跡の幾何学模様の壁は他の遺跡にはないものでよかったが、これで30ペソは高いかなという気もした。ちなみに歩き方にはメキシコの遺跡は日曜日は無料とあるが、ほとんどのところでメキシコ人だけ無料になっているようだ。帰りに、今日、市が開かれているトルコルーラへ寄った。民族衣装を着た人たちが行き交っていて、活気があって、歩いているだけでウキウキしてくるようなところだった。

 
7月30日(土) <オアハカ>
 オアハカのホテル探しは難航していた。昨日は安いところが見つからず、300ペソ(約3000円)もするホテルに泊まっていた。今日の唯一の望みは、昨日お土産屋のおばちゃんが教えてくれたホステルに空きが出ること。10時ころホステルへ行ってみると、ちょうど朝食を食べていた人が「私たち今日出て行くよ」と言ってくれた。ラッキー。このホステル唯一のツインの部屋に入ることができた(あとはドミトリー)。
 ホテルは見つかってラッキーだったのだが、私にとってとても悲しいお知らせがあった。楽しみにしてきたゲラゲッツァ祭がもう終わってしまっているというのだ。歩き方によると”ゲラゲッツァ祭は7月16日以降の2回の月曜日に行われる、ただし7月18日が月曜日の場合は25日と8月1日に行われる”と書いてあった。これを信じた私は、今年は7月18日が月曜日だから8月1日の祭りには間に合う!と日本を出発する前から密かに楽しみにしていたのだった。それなのにぃー。このショックからはしばらく立ち直れそうもない。ホント私達ってお祭りに縁がないんだよな・・・。。

 
7月29日(金) <メキシコシティー→オアハカ>
 朝8時、オアハカへ行くバスに乗るために、東バスターミナルへ向かった。地下鉄の駅でどこがバスターミナルなのか迷っていたら、通りすがりのお兄ちゃんが教えてくれた。メキシコの人は本当に優しい。
 オアハカへは何社か違うバス会社のバスが走っている。一番多いのはADOという会社のバス。時間もちょうどよかったので、このバスに乗ることにした。噂通り、バスの車内はとってもきれい。トイレもきれいで安心して使える。道路が渋滞していて時間はかかったが、ビデオが流れていたので退屈しなかった。お昼頃、何もない道路でバスが止まったなと思ったら、なんとかごを1つ持ってタコスを売っているおばちゃんのところで昼食休憩。とっても豪華なバスだっただけに、運転手さんの気分次第で、こんなところで休憩になってしまったのがおかしかった。

 
7月28日(木) <メキシコシティー>
 朝早く起きてプエブラへ向かうはずだったのに起きられず、シティーにもう1泊することになった。時間ができたので、カフェで優雅に葉書を書いた。メキシコからの郵便代が結構高くてびっくり。
 さらに時間があったので、ソチミルコへ行ってみた。メキシコシティーは昔、湖だったそうだ。ソチミルコはその当時の雰囲気が味わえる水路の残る町らしい。この水路のボート巡りはメキシコ人にも人気だそうだ。ソカロから1時間かけて行ってはみたけれど、残っている水路はほんの少しで、湖だったころの雰囲気を味わうような感じではなかった。140ペソ出してボートに乗るか迷い・・・。「これってメキシコ版メコン川クルーズだよね。(しかもメコン川のほうが雰囲気いい)」「これに乗るならベネチアのゴンドラ乗る方がいいよね。」と二人の意見が一致して、ボートには乗らなかった。まあ、道のあちこちで水路にぶつかるので、町を歩くだけで充分だったと思う。

 
7月27日(水) <メキシコシティー>  のち 
 メキシコ最初のハイライト、ティオティワカンへ行った。行きのバスの中、二人で寝てしまい危うく乗り過ごすところだった。隣りに座っていたメキシコ人のおじさんが起こしてくれた。メキシコの人は優しい。
 ティオティワカンは予想以上によかった。日本で写真を見たことがあって、行っても写真と同じかなって思ってたけど、もっともっと壮大で迫力があった。この石造りのピラミッド、昔は赤や緑の色が塗られていて、壁には絵がたくさん描かれていたらしい。これを想像するのはなかなか難しい。
 夕方、シティーに戻りレストランに入ったのだが、こう言っちゃ悪いけど、まずかった!いままで、いろいろな国でいろいろなものを食べたけど、ここまで食べられなかったのは初めてじゃないかな?あまりに手を付けられなくて申し訳ないので、半分くらいビニール袋に入れて持ってでてきた。

 
7月26日(火) <メキシコシティー>  のち 
 どうやらメキシコシティーは標高2200メートルのところにあるらしい。どうりで涼しいはずだ。夏なのにみんなセーターとか皮ジャンとか着ている。今日は、国立人類学博物館に行った。とても大きくて、たくさんのものが展示してあって見るのに大変だったけど、どの展示物も興味深いものばかりで楽しかった。博物館を出ようとすると外は雷雨にみまわれていた。そういえばメキシコは今雨季だ。
 アメリカからメキシコにきて一番感じたこと、道行く人の背が低くなったこと。

 
7月25日(月 <メキシコシティー>  ときどき 
 今日はアメリカ大使館に行くという大仕事がある。アメリカの入国カードを持ったままでは、私達がいつ出国したのか誰もわからないし、証拠もない。ということは、アメリカに90日以上滞在していたとも思われちゃうんじゃないの?という結論に達し、入国カードを返しに行くことにしたのだ。
 さすがにアメリカ大使館のまわりは厳重な警備態勢がしかれていた。ゲート前にいたおじさんに入国カードを見せると、コピーをとって来いと言われた。コピーをとってくると列に並ぶよう言われた。並ぶこと15分、どちらか1人だけ中に入れと言われ、私が中に入ることに。いろいろ聞かれたらなんて言おう・・・とずっと考えてたのに、受付で入国カードとコピーを見せると、Receivedというハンコをコピーの用紙に押して返してくれ、これで終わりだそうだ。物々しい警備の大使館の建物の中に入るまでもなく、今日の大仕事は終了した。
 歩き方には”アメリカの出国手続きは不要”って書いてあったけど、本当のところはどうなんだろう??

 
7月24日(日) <メキシコシティー>
 ほとんど寝れないまま飛行機の搭乗時間がきた。私達の乗る飛行機は、朝早いうえにグアダハラを経由する便だった。機内では、まあまあ美味しいサンドイッチが配られ、それを食べたらあとは爆睡。
 2時間の時差があるため、メキシコティーには13時ころ到着した。市内まで、タクシーは高いしタクシー強盗もいるらしいし、それなら気を使わなくて安い地下鉄にすることにした。空港から私達の目指すソカロまでは、地下鉄を3回乗り換えなくてはならない。この乗り換え、駅の構内を移動する距離が異常に長い。荷物が大量にある人には辛いだろう。

7月23日(土) <ティファナ>
 私達が買ったメキシコシティー行きの航空券、飛行機の出発は明日の朝の6時だ。空港ではイミグレーションでツーリストカードを貰わなければならないし、早めに行きたい。そんな朝早くタクシーはあるのかな?と思い旅行会社で相談したら、「前の日の夜に空港に行って座ってなさい」と言われた。
 そんなこんなで、今日は空港で夜明かしとなった。ティファナのダウンタウンから空港まではタクシーで行けと言われたけど、安さにつられてバスで行くことにした。でもバスでまったく問題なし。空港は予想以上に綺麗で、くつろいだり床で寝たりしにくい。これがインドだったら絶対みんな床で寝てるだろうな。朝一の飛行機を待って夜明かしする人は私達以外にもたくさんいた。


 


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