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ボリビア
 
 11月4日(金) <ウユニ塩湖ツアー・4日目→サン・ペドロ・デ・アタカマ> 
ベルデ湖
  朝、ちゃんと卵料理が出てきて、みんなとりあえず満足。国境に到着し、ボリビアの出国手続きを済ませると、ピカピカのベンツのミニバスが私達を待っていた。チリ側に入ると舗装道路になり、バスの中では歓声が沸き起こった。
  遂にチリに来たなーと感慨に耽っていたら、トントンと後ろから背中を叩かれ、ツアーで一緒だったオーストラリア人の女の子からお菓子がまわってきた。なんと、さっきまで乗っていたランクルの荷台から、お菓子や水をこっそり持ってきたのだと言う。彼らの怒りはまだまだ収まっていなかったのだった。彼らに貰ったチュッパチャップスを舐めながら「これだから”日本人はあまい”って言われちゃうのかもしれないね」などと言っているあまい日本人2人組み、私達であった。
 
 11月3日(木) <ウユニ塩湖ツアー・3日目> 
フラミンゴの住む湖
 私達は、このツアーで多少食事がひどくても、泊まるところが悪くても、しょうがないと思っていた。そして予想通り、食事はあまり良くないし、運転手さんの対応も悪い。
  昨日からは、オーストラリア人4人組と一緒のランクルに乗っていた。私達が諦めていたツアーの質の悪さに、彼らは怒っていた。特に昨日の夕飯、私達はソーセージとマッシュポテト。隣りで食べていたグループの食卓にはチキンがドーン・・・。食事の量も、私達にとっては普通だと思っても、彼らにはかなり少ないようだ。
  明日の朝、抗議するというのが早まって、今日の夜、みんなで運転手さんに抗議した。結果、明日の朝、卵料理を出すということで決着?はついたかに思えたのだが・・・。明日に続く。
 
 11月2日(水) <ウユニ塩湖ツアー・2日目> 
ケビン(左)とスイセン(右)
  塩のホテルでの1泊はとても楽しかった。夕日も綺麗だったけど、朝日も最高!そして何といっても、ここの星空は凄い!!私達が今まで見た綺麗な星空、第一位は、チリのイースター島だった。でもウユニ塩湖の星空はイースター島を抜いて一気に一位に踊り出た。360度塩湖、高い山もないので、まさに天然のプラネタリウムだった。雨季には塩湖に溜まった水に星が映るらしい。ってことは、360°プラス上も下も星空!?いつか絶対、雨季にまたここを訪れようと心に誓った。
  もう1つ楽しかったこと。塩のホテルには2人の子供がいた。名前はケビンとスイセン。元気いっぱいで、うるさいくらいだったけど、純粋で素敵な子達だった。彼らにもいつかまた会いに来れたらいいな、と思う。
 
 11月1日(火) <ウユニ塩湖ツアー・1日目> 
夕暮れのウユニ塩湖
  ウユニに来たのは、もちろんウユニ塩湖に行くため。今日は朝からツアー探しだ。でも申し込む旅行会社は、ほぼ決まっていた。その名はプラヤブランカ。ここのツアーはいい加減ということで、評判が悪い。なぜそこに行くかというと、塩湖の中にある塩のホテルに泊まりたいから。塩湖の中に泊まれるのはここで申し込んだ人だけなのだ。そんなの独占禁止法にひっかかるだろ?と思うが、ここはボリビアなのである。
  旅行会社・プラヤブランカで話を聞く。塩のホテルに泊まりチリに抜ける3泊4日のツアーが80US$と書いてあった。でも値切ったら意外とあっさり65US$になった。他の旅行会社で、塩のホテルに泊まらず2泊3日のツアーに申し込んだとしても、60US$くらいはするようなので、この値段はかなりお得。でも、こんなにお得だと余計に不安にもなるが・・・。
  とりあえず、塩のホテルに泊まれることと、チリまで何事もなく抜けられることが保障されればいいや、ぐらいの気持ちでツアーに参加することにした。出発は今日の11時。
  出発が30分遅れたり、出発して10分でランクルがガス欠になったり、”列車の墓場”に行けなかったり・・・。とプラヤブランカで申し込んだことを後悔したくなるようなこともたくさんあったけど、塩のホテルで夕日を見たら全部忘れた。
 
 10月31日(月) <ポトシ→ウユニ> 
  ポトシからウユニまでの道のりは、確かに悪路だった。バスはミニバスで席は狭い。でも古くてボロボロのバスで、悪路に揺られている時の方がよく眠れたりすることもあり、今回も移動時間の半分くらいは寝ていたため、大変だとは思わなかった。
  ウユニの町の第一印象は、道路が広いなーということ。高い建物も少なくて、なんとなく中国の小さい町を思い出した。この町には、凄くたくさんの旅行会社がある。扱っているのはどこもウユニ塩湖ツアー。日本ではあまり有名じゃないウユニ塩湖だけど、ここは塩湖で成り立っている町なのだ。
 
 10月30日(日) <ポトシ> 
有刺鉄線でつくった傷
  南米の移動はバスが主流。昔あった鉄道はドンドン廃れてきてしまっている。ガイドブックにはポトシ⇔ウユニ間は列車が走っていると書いてあったけど、この路線も今はなくなってしまったようだ。ただ、ポトシ⇔スクレ間には列車が走っているので、ポトシの町には駅があるし、線路もある。ウユニ行きのバスは、この線路沿いから出発する。
  明日ウユニに行くため、バスの時間を調べに線路沿いまでやってきた。線路といっても、ここを通る列車は1日1本か2本くらいだろう。そのため、線路のまわりには柵も何もない。それどころか、線路の上にたくさんの露店が並んでいる。ちょっとアジアっぽい光景だなと思った。線路沿いに何軒かバス会社のオフィスがあったので、出発時間と料金を聞いてまわることにした。
  線路のまわりには工事中の場所があって、有刺鉄線が張られていた。1本しかないズボンを洗ってしまったため、私は今日珍しくスカートを履いていた。スカートが引っ掛かったらやだなーと思いながら、有刺鉄線をまたいだ瞬間、思いっきり転んでしまった。久しぶりの大コケに暫く立ち上がれなかった。「やっちゃったかー」と思って、やっと立ち上がったけどスカートは破けていない。あれ?と思ったら、有刺鉄線に引っ掛かったのは私の足だった。あんまり痛くはなかったけど、足には深〜い引っかき傷が残っていた。30歳にもなって、こんな傷をつくる女はそうそういないんじゃないだろうか?夫にはプロレスラーの大仁田みたいって言われた・・・。
 
 10月29日(土) <ポトシ> 
鉱夫さんの笑顔
  昨日は、大変な思いをしてポトシに到着したにも関わらず、午後から鉱山ツアーへと出かけたので、昨日の鉱山ツアーについて書くことにする。
  ツアー参加者は13人と結構多かった。まずはガイドさんの自宅?へ行き、作業着と長靴を着る。頭にはヘルメットとヘッドライト。この格好で旅行会社のバンに乗り込み、まずは鉱夫さんへのお土産を買いに商店へ。ジュースやコカの葉、ダイナマイト!?などを大量に買い込む。作業着を着た外人が団体で歩いているのは、かなり怪しい光景だ。ちなみに、ここではダイナマイトは普通に商店で売っている。
  再びバンに乗って鉱山の入り口へとやってきた。鉱山の中は、ひんやりしていて暗い。とても体に悪そうな空気が漂っている。地面はぬかるんでいて歩きづらい。そこを鉱夫さん達は、トロッコを押して行ったり来たりしていた。新しい鉱夫さんに会う度に、お土産を渡して話を聞きながら、鉱山の奥へと進んでいった。
  両手を使わないと上れないような場所も通ったが、鉱夫さんはここを40sもの荷物を持って往復するという。アスベストの粉が地面いっぱいに散らばっているような場所もあった。私達は13人一緒に、それぞれがヘッドライトを点けて歩いているので、鉱山の中の暗さは気にならない。ところがちょっと横道に顔を向けると、そこには真っ暗なトンネルが延々と続いている。鉱夫さんは1人でこのトンネルを歩いているのだ・・・。話には聞いていたが、実際に見てみて、その労働がいかに過酷かがわかった。
  印象的だったのは、鉱夫さん達がみんな、笑顔だったこと。みんな自分達の仕事が過酷だって、仕事に見合った給料は貰えてないって、分かってる。それでも、ここで働くしかないから、働いている。家族のために・・・。私はその笑顔を一生忘れないようにしようと思った。
 
 10月28日(金) <→ポトシ> 
  ラ・パスからポトシまで、セミカマのバスが50Bsから40Bsにディスカウントできた。これならノーマルのバスと10Bsしか変わらないので、セミカマに乗って行くことにした。バスの車内は暖房が効いていて暖かく、座席にはフットレストが付いていて快適。乗車してすぐに眠ってしまった。
  朝4時、なんだかザワザワしていて目が覚めた。どこかの検問所らしい。バスは止まったまま動かない。何事かさっぱりわからないので、通路を通った欧米人旅行者に尋ねると「よくわからない」と冷たい答え。どうしようかと思っていたら近くにいたボリビア人が「バスが故障した」と教えてくれた。
  この時まだ私達は、「じゃあ代わりのバスが来るまで待つのかぁ」「バスの中で夜明かしかもね〜」などとのん気な事を言っていた。ところが事態はもっと深刻だった。真っ暗な中、まわりの様子を伺うと、ほとんどの人がバスを降り始めている。寒いのになんで降りるんだろう、と思って外の様子を確かめに行くと、みんなバスに預けた荷物を取り出している。眠気も覚めて、ようやく回転してきた私の頭は「これは、みんなと同じ行動を取った方がいい」と判断した。外は朝4時の山の中、空気はメチャメチャ冷たい。暗闇の中でなんとか自分達の荷物を取り出した。そして、再びみんなは何をしているのかと見てみれば、後続のバスに群がり乗り込んでいる。 そう!代わりのバスなんて来るわけがなく、ここから自力でポトシまで行く道を探さないといけないのだった!!慌てて私達もバスに群がったが、後続のバスは迷惑そうで、止まってはくれない。それでも1台、また1台とやって来るバスに、みんな少しずつ乗り込んでいって、だんだん人が少なくなってきた。「マズイ・・・」と思い始めたとき、一台のバスが私達の前に来た。「これに乗るしかない!」と必死でドアに駆け寄り、なんとか乗り込むことに成功。このバスは空いていて座ることもできた。ただし、このバスは故障したバスとは何の関係もないので、追加で10Bs払うことに。結局、合計50Bsでなんとかポトシに到着した。

 
10月27日(木) <ラ・パス→> 
ティワナク遺跡のポンセ像
  ラ・パスからポトシへは12時間もかかるので、夜行バスで行くことにした。
  出発の1時間くらい前にバスターミナルに到着し、夕飯を食べながら時間を潰していた。時間があったので、1人ずつ交代で散歩に出かけ、1人は荷物番をしていることにした。
  私がバスターミナルの外に散歩に出かけ、戻ろうと階段を降りていた時、物凄い勢いで階段を駆け上がってくる人がいた。「危ないな〜」と思っていたら、その後ろから警官も2、3人駆け上がってきた。「なんだ、事件か?やっぱりラ・パスも物騒なんだなぁ」「私達は何にもなくてよかった」と思いながら、荷物番の夫のところへ戻った。
  すると、なぜか夫が警戒度100%の格好で座っている。話を聞くと、なんと置き引き未遂に遭ったというのだ。先ほどの警官が追いかけていた人は、私達の荷物を置き引きしようとした人だったらしい。のん気に見てる場合じゃなかったんだ。
  置き引きの手口は――夫が1人になったところで「ポトシ?」と声を掛けられ、振り向いた瞬間に横に置いてあったサブバックを持っていかれた。後から考えれば、何も用のない人が私達の隣りにずっと立っていたのも怪しい。彼らが目隠しのような役目をしていたかもしれない。夫がすぐに気付いて「ドロボー!(日本語)」と叫んだら、サブバックを床に置いて逃げていったらしい。――何はともあれ、未遂に終わってよかった。
 
10月26日(水) <ラ・パス> ときどき 
夜のラ・パス
  私達が泊まっていたホテルの近くの通りは、夜になるとたくさんの露店で賑わっている。毎日がお祭りみたいで楽しい。
  この露店の中でも特に賑わっているのがDVDやVCDを売っているお店。VCDは3枚10Bs(139円)と、これまた安い!VCDってどんな物か?と興味もあったし買ってみることにした。物凄い量のVCDの中から、――”チャーリー&チョコレートファクトリー”(ハリウッドの映画館で見て気に入った)、”スターウォーズ・エピソードV”(見てないから見てみたい)、”ダヴィンチコード”(本で読んだので映画はどんなのか興味があった)――の3枚を厳選した。ちなみにすべてスペイン語吹き替えになっているので画像のみで楽しむつもり。
  ホテルに戻って上映会、の前に、本当にちゃんと見れるのかチェックすることにした。”チャーリー&チョコレートファクトリー”、ちゃんと見れる!凄い!!。”スターウォーズ・エピソードV”、なんか画像が悪い。”ダヴィンチコード”、??テレビのディスカバリー・チャンネルのレオナルド・ダ・ヴィンチ特集が延々と流れてる??トム・ハンクス主演って書いてあるのにトム・ハンクスなんて一回も出てこなかった・・・。
  しかたなく露店に戻り、”スターウォーズ・エピソードV”は新しいVCDがあったのでそれに、”ダヴィンチコード”はちゃんとしたものは無理だと判断して、ジャッキーチェーンの”タキシード”に、替えてもらった。
 
10月25日(火) <ラ・パス> 
  日曜日の古着市でいい買い物をしてからというもの、買い物熱に火がついてしまった。
でも、私は買い物下手で、お土産を買うのが好きなくせに、いい物が買えない。いい物が見つけられないっていうのもあるけど、ついつい安いものに手が伸びてしまい、いい物をドーンと買うことがなかなか出来ない。特に海外では・・・。
今日こそは「いい物を買っておけばよかったー」と後悔しないようにしよう、と心に誓って、お土産探しに出かけた。そうは言っても、お金に限りはある。目標はアルパカセーター1本に絞った。
ラ・パスのお土産通りをぐるぐる歩く。まずは、いいセーターを見分けられるようにしようと、日本人の経営するセーター屋さんでいろいろ見せてもらった。試着をさせてもらったけど、気に入ったのはサイズが小さかったりして、ピンと来るものがない。今日は妥協しちゃだめだ、と違うお店を見に行くことに。いろんなお店を見ていると、どれがいいか分からなくなってきた。「ポンチョもいいかな〜」と浮気もし始めたりして・・・。まずい・・・・・。
最初の誓いはどこへやら、結局いつも通り安いお店で、お手頃なセーターを買ってしまった。お店の人は「アルパカ!」と言ってるけど、アルパカの毛なんてちょっとしか入ってないんじゃないかと思われる。それでも気に入っていて、満足だった。私って庶民だなぁ。
 
10月24日(月) <ラ・パス> 
月の谷
  今後の予定は”ボリビアからチリに抜けて、アメリカ大陸の最南端へ行く”というくらいにしか決まっていなかった。ブラジルへ行くかどうか、というのは迷うところだ。もちろん行きたいけど、ブラジルはとにかく広い!アマゾンにも行きたいけど遠い!カーニバルにはちょっと早いし、ビザも取らなきゃいけない。迷う・・・。 ブラジルビザというのは収得するのがちょっと面倒で、ブラジルから出国する航空券を持ってないといけないことが多いらしい。国境の近くでは航空券なしでもビザが取れるらしいけど、ここラ・パスでも簡単に取れるという話を聞いた。しかも普通60US$くらいかかるところ、ラ・パスで取れば50US$くらいで取れるという。行くか行かないか決まってないけど、とりあえず取っておくか、とブラジル大使館へ向かった。
  大使館のビザ発給の窓口で「ビザを取りたいんですけど」と言うと、「ビザを取るには、ここに書いてある書類が必要です」と紙を渡された。その紙には”ブラジルから出国する航空券のコピー”と書いてある。あれっ?航空券は必要ないんじゃなかったっけ?と思い聞いてみたけど「必要です!」と言われた。「バスで入国して、バスで出国するんですけど・・・」と言ったけど、「ここに書いてあるものは全部必要ですっ!!」とまったく融通が利かない様子。ブラジル大使館だから、もっとラテンのノリでいけると思ったのに、まったくお堅い感じだった。で、あっさり諦めて帰ってきた。
 
10月23日(日) <ラ・パス> ときどき(雹)
エルアルトの市場
  ラ・パスの街は、すり鉢みたいな形をしている。そのすり鉢の上の方にあるエルアルトという地区で、毎週木曜日と日曜日に古着市が開かれる。この古着市ではブランド物もメチャメチャ安く買えると聞いていた。これから寒いパタゴニアに行くし、フリースとかトレッキングシューズとか買えたらいいな〜と思っていた。っていうか、私は、もうすっかりフリースとトレッキングシューズを手に入れたつもりでいた。
  ところが、実際行ってみて歩いてみたけど、とにかく広いし、売ってるものはガラクタみたいな物ばかりだし・・・で、期待していたブランド物なんてちっとも見当たらない。雨も降ってきて「これは無理だな」と半ば諦めかけていた。そのとき、1つの古着の山が目に留まった。一見汚い洋服ばかりに見える、が、なぜか私はその古着の山に手を伸ばした。そして掴んだのが、”J.CREW”のセーター(男物)だった。ボロボロの汚れた服の山になぜこれが?と不思議に思うくらい綺麗。値段を聞くと「2Bs(27.8円)」。「えっっ??」ともう一度聞きなおしても「2Bs」。安い!安すぎる!!。
  これはいける!とその後も粘ったけど、収穫はこれ一枚だった。それでもいい買い物ができて大満足。ただし、私が手に入れる筈だったフリースとトレッキングシューズには巡りあえなかった。古着市での買い物の女神は、無欲の夫にしか微笑まなかった。
 
10月22日(土) <ラ・パス> 
ボリビアは物価が安い。アジアに比べれば大したことはないけど、中南米の中ではかなり安い。そしてこの後には、物価の高いチリが待ち構えている。まだ見ぬチリの物価の高さに恐れをなした私達は、「ボリビアで買えるものは買っておこう」ということになった。
  電気屋街を訪れた私達の目に留まったのが”電熱コイル”。日本を再出発するときに買おうか迷ってやめたんだけど、やっぱり「あったら便利だね〜」ということになった。電熱コイルにもいろいろ種類があるけれど、日本で見たようなスマートなものはなくて、馬鹿デカイ金属性の物(12Bs・166.8円))か、小さいコルクにワイヤーが巻いてあるだけの物(8Bs・111.2円)か。12Bsの物の方が丈夫そうだけど、重かったので8Bsのものを買った。
  で、早速、試してみた。水の入ったコップに電熱コイルを入れ、プラグをコンセントに差し込むと――、バチバチッ!という音がして、火花が散って――、一瞬でワイヤーが切れ使い物にならなくなってしまった。あっという間の出来事に、2人とも唖然。もちろんお湯は沸いていない。頼りなさそうとは思ったけど一度もお湯が沸かせないなんて・・・。
  8Bsだったからこんなもんか、とも思ったけど、それでもお金を出して買ったのに一回も使えないのはヒドイ。やっぱり電気屋に抗議に行くことにした。たかが8Bsとはいえ、ボリビアでは馬鹿にならない金額なのだ。
  後日、渋々2Bs払って交換した新しい電熱コイル(同じタイプの物)は、立派にお湯を沸かすことができ大活躍しています。
 
10月21日(金 <コパカパーナ→ラ・パス> 
チチカカ湖を渡るバス
  今日は朝一のバスで、ボリビアの首都ラ・パスへ向かう。コパカパーナを出発してから暫くは、チチカカ湖が右に左に見える景色のいい道が続く。遠くに見える雪山がずいぶん低いのを除けば、とても標高の高い場所とは思えない風景だ。
  この移動では、途中でチチカカ湖を渡る。昔は乗客もバスに乗ったままバスごと渡し舟に乗れたらしいが、今は乗客はバスから降りて、別料金を払って渡し舟に乗らなければいけない。ここを通る車はみんな渡し舟に乗ることになるのだが、その渡し舟というのが、ほとんど板一枚だけといった感じのもので、知らずに遠くから見ていると、車が湖の上を走っているかのようにも見える。チチカカ湖の上を何台もの車が行き交う光景は、なかなか面白かった。
 
10月20日(木) <プーノ→コパカパーナ> 
国境(ペルー側)
  ペルーのプーノからボリビアへ抜けるのには、2つの国境がある。1つはユングーヨ、もう1つはデサアグアデーロ。このデサグアデーロという国境では、ペルー側のイミグレーションの警官が”日本人を個室に連れ込み「荷物検査」と言ってお金を出させて抜き取る”という事件が頻発しているようだった。
  少し前からこういう噂はあって、遂には外務省の海外安全情報にまで載るようになっていたので、私達はユングーヨの国境を通る道を選んだ。こちらも同様の手口でやられた人もいるらしいが、ツアーバスで大勢の観光客と一緒に通過するのであれば問題はなさそうだった。海外安全情報によると、この件については”現在調査中”とのこと。個人でここの国境を抜ける人は注意した方がいいだろう。

 

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