イタリア


 
11月8日(月)ミラノ→ニース 

 いよいよ、イタリアともお別れ。くにおくん憧れの南フランスへ向かう。ミラノからニースまではインターシティーで約4時間、35ユーロ。それほど離れていないのに高い。前々から思っていたのだけれど、国境を挟んで走る列車は距離に対して料金が高い。そこで考えた。まず、フランスとの国境に一番近いヴァンテミーリャへ行こう。そこからきっと、もっと安く行く方法があるはず。ヴァンテミーリャまでは13.22ユーロ。ヴァンテミーリャに着いてみると、やっぱりあった安い列車。ニースまで5.6ユーロ。ミラノから直通で行くよりも1人16.18ユーロも安い。かかる時間も1時間くらいしか変わらないし。思わず、くにおくんとニヤリと顔を見合わせたのだった。列車の中では、イタリアとフランス、さらに間にモナコ公国、と3つも国をまたいだのに、パスポートチェックはおろか、乗車券のチェックにさえ来なかった。

 
11月7日(日)ミラノ 

 ”最後の晩餐”は見れたし、ドォウモも見れたし、買い物するお金はないし。ミラノにこれ以上長居する理由もなかったのだけれど、始めは馴染めなかった都会の生活も、2日もするとこの便利さが快適になってきて、だらだらともう1泊することに・・・いや、日曜日に移動すると大変だ、というきちんとした理由があって、もう1泊することになった。だいたいイタリアは日曜日に閉まってしまうお店が多過ぎる。日曜日こそカキイレ時ではないか、と思うようなお店(洋服屋さんとか)さえ休みだったりする。観光案内所も休みのところがある。さすがに都会ではそんなことは少ないが、それでも日曜日というのは旅行者にとって面倒な日なのだった。ということで、今日は私達も日曜日。のんびりだらだらと過ごした。

 
11月6日(土)ミラノ 

 ミラノには、あの有名なレオナルド・ダ・ビンチの作品”最後の晩餐”が画かれている修道院がある。この絵は、修道院の元食堂の壁に画かれている。土台となっている壁の状態が悪いので、損傷が激しく保存が大変らしい。そのためか、入場制限が行われており、昨日の時点で「4日後でないと入場できない」と言われていた。お金を払っても”最後の晩餐”は見よう、と思っていただけに残念。ところが昨日の夕方、朝一で修道院に行けばキャンセルのチケットがあるかもしれない、という噂を聞いて、今日朝一番に修道院にやって来たのだった。チケット売り場に行くと、「今日のチケットは売り切れです」との答え。「キャンセルはでませんか?」と聞くと、「全て支払い済みのチケットなのでキャンセルはでない」ということだった。やっぱりだめだったか・・・とがっくりしてチケット売り場を出ると、一人の日本人のおばさんが声を掛けてきた。「あなた達チケットないの?私のお客さんが来なかったらチケットを譲ってあげるから、待っていれば?」と。なんというお誘いだろう。時間はいくらでもある。私達は、こっそり、おばさんのお客さんが来ないことを祈りつつ、待つことにした。10分後、おばさんのお客さんは来た。やっぱり、そんなにうまい話はないか、と諦めかけたところ、お客さんの数がチケットよりも少なかったらしく、チケットをゲットできてしまった。厳重に管理されたドアをいくつもくぐり、広い部屋へ。そこに”最後の晩餐”はあった。絵に詳しいわけでもない私達が見るのはもったいないのかもしれない。でもそれはとても素敵な作品だった。

 
11月5日(金)パドバ→ミラノ 

 パドバからミラノへは、インターシティーやユーロスターがたくさん走っていて便利なのだけれど、私達は1日2本しかない普通列車を目指し(1人6ユーロほど安い)、朝5時50分、まだ暗い中、駅へ向かった(もう1本の普通列車は11時台にある)。久しぶりに早起きした。そういえばアジアでは、よく暗いうちに出発したりしていたな〜、と懐かしくなった。ミラノセントラル駅は、いままで見たイタリアの駅の中で一番立派だった。さらに駅の外へ出ると高層ビルが並んでいる。ずいぶん都会に来てしまったものだ。都会ゆえに宿も高かった。噂には聞いていたが高い。イタリアはどこも物価が上がっているようで、ミラノももちろん例外ではなかった。観光案内所でもらったホテルリストを見ながら電話をかけまくった結果、ダブルで45ユーロのホテルを発見。これでも予算オーバーだけど仕方ない。

 
11月4日(木)パドバ 

 11月から3月までパドバの植物園は午前中(9時から13時)しかやっていない。昨日は遅くなってしまい行けなかったので、今日行ってみた。植物園は冬だからか枯れているものもあったりして、ちょっとさびれた植物園といった感じ。それがなぜ世界遺産なのかというと、なんと!世界で一番古い植物園なんだそうだ。こう聞くと、さびれた感じがまた良く見えてきたりする。最近、教会や大きな石造りの建物ばかり見ていたので、新鮮で意外にも楽しめた。午後からは、ヴェネツィアへ行った。ヴェネツィア・サンタ・ルチアの駅を出ると、すぐ目の前に運河が流れていてビックリ。テレビで見たことのあるヴェネツィア、そのままの景色があった。細い路地ばかりの町を歩いていると、川にぶつかって行き止まりになったり、小さな橋がいくつもあってゴンドラがその橋の下をくぐっていったり、突然大きな広場に出たり・・・、ヴェネツィアは素敵な町だった。

 
11月3日(水)フィレンツェ→パドバ 

 朝の5時半に出発するはずだった、でも起きてみるとまだ真っ暗、しかも眠い、ということで、あっさり出発を遅らせることにした。本当は今日、ヴェネツィアへ行く予定だったんだけれど、”パドバの植物園”という世界遺産が、ヴェネツィアの少し手前にあるパドバという町にあり、くにおくんが行ってみたいと言う。さらに、ヴェネツィアは物価が高いだろうから、パドバに泊まった方がいいんじゃないか?ということになったのだった。名づけて”近くの町に泊まる作戦”。パドバは、植物園以外にも有名な教会があり、結構楽しい町だった。もちろん、ヴェネツィアに泊まるより宿泊費も食費も安い。作戦は大成功だった。

 
11月2日(火)フィレンツェ 

 テントは寒いし、明日の朝出発するときに片付けるのが大変なので、今日だけ貸しテントに移ることにした。貸しテントは狭いけれど、ベットで眠れるのでテントよりも暖かい。テントを片付けていたら出発が昼になってしまった。今日は、私が見たかった絵画”ヴィーナス誕生”を見に、ウフィッツィ美術館へ行ってみた。ところが美術館に入るのに、入場制限がされている上に長蛇の列。そこで、ウフィッツィ美術館を諦めて、くにおくんが見たかった”ダビデ像”のあるアカデミア美術館へ行ってみた。こっちも混んでるだろうね、と言っていたのだけれど、並んでいる人はいなかった。ダビデ像はとてもきれいだった。バランスが良くて、筋肉や血管もリアルで、ミケランジェロ広場のダビデ像とはやっぱり違う。本物ってすごいなと思った。

 
11月1日(月)フィレンツェ ときどき

 列車で1時間半のところにある、世界遺産の小さな町、シエナへ行った。あらかじめ列車の時間を調べておいたのに、駅へ行くとなんだかおかしい。ずいぶん列車が遅れてる?と思ったら、なんと、昨日からサマータイムが終わったらしく、標準時間が1時間遅くなっていたのだった。昨日、サッカーの試合が1時間も遅れて始まってイタリアらしいねと話していたり、町中の時計が間違ってるねと話していたのだけれど、全部サマータイムが終わったからだったんだ。サッカーは時間通り始まっていたし、町中の時計の時間もあっていた。慌てて時計の針を1時間遅らせた。シエナの町は、こじんまりとしていて、雰囲気があって、私達は好きだった。行ってよかった。

 
10月31日(日)フィレンツェ 

 明け方、大雨が降った。昨日洗って、外に干しておいた洗濯物が台無しだ。仕方がないので、もう一度絞って干しなおす。このままじゃ一生乾かない気がする。今日はセリエA観戦第二弾、フィオレンティーナ対レッチェを観に行った。試合の内容は、あまり良かった様には思えないが、フィオレンティーナが4点も取り、盛り上がった。テントに戻ると、やっぱり洗濯物は乾いていなかった。そればかりか、テントの中のものがすべて湿っぽい。朝は結構寒いし、もうテント生活は厳しいかな・・・。

 
10月30日(土)ピサ→フィレンツェ 

 今日こそはフィレンツェ。観光地なだけあって、ホテルが高い。試しにキャンプ場があるか聞いてみると、町の中心地から近いところにある、と言う。フィレンツェは思ったよりも暖かく、まだキャンプができそうと、キャンプ場にテントを張ることにした。キャンプ場には圧倒的にオートキャンパーが多かった。テント組はチラホラ。フィレンツェの町を歩いていると、安い中華料理のお惣菜屋さんを発見。久しぶりの中華はおいしかった。しかもご飯は山盛り。都会にはこういう安い食堂が多いから嬉しい。

 
10月29日(金)ピサ ときどき

 朝10時ころ駅に行き、フィレンツェ行きの切符を買った。最近は、自動販売機の方が自分達で列車の時間や料金などを調べられて便利なので、自動販売機で切符を購入することが多かった。ところが駅の掲示板には、いつまで経ってもフィレンツェ行きの列車が表示されない。おかしいなと思って駅員さんに聞いてみると、なんと今日の9時から17時まで、フィレンツェ行きの列車はストライキだと言われた。イタリアはストライキが多い、日本では最近はストライキなんてやらなくなっちゃったから、そう感じるのかもしれない。17時過ぎの列車に乗って、フィレンツェに夜着くのも嫌だったので、ピサにもう一泊することにした。暇なので今日も斜塔を見に行った。

 
10月28日(木)ローマ→ピサ ときどき

 ピサに到着し宿を探していると、道端の工事現場のおじさんが声を掛けてきた。おじさんは、”両手の平を合わせて寝るポーズ”をする。どうやら、寝るところを探しているのか?と聞いているよう。「シー、シー!」(イタリア語で「イエス」)と答えると、今度は”付いて来な”というしぐさをする。付いて行ってみると、おじさんは大通り面したビルの一階の扉の前まで行き、「ブザーを押せ」と言って去っていった。しばらくすると優しそうな宿のおじさんが出てきた。部屋も値段もとても良く、即決。いいところが見つかってよかった。工事現場のおじさんに感謝。ところで、ピサと言えばピサの斜塔。本当はドゥオモ広場が世界遺産になっているのだけれど、ほとんどの人は斜塔を見に来ているだろう。城壁沿いにドゥオモ広場へ向かって歩いていると、斜塔が視界に入ってきた。傾いている!それだけなのに、なんだか嬉しくなってしまった。見ているうちに、かわいらしく思えてきたりする。ピサの斜塔は、傾いているから魅力的なのだ。

 
10月27日(水)ローマ ときどき

 午前中、バチカンへ行ってみた。中に入るのに、やけに厳重なチェックがあるなと思っていたら、広場でローマ教皇の謁見が行われていた。ローマ教皇は、ちょっとしたアイドル並の人気で、大勢の人が見に来ていた。あまり近くに寄ることはできなかったけれど、その姿を写真に収めることには成功。独立国というだけあって、バチカンにも郵便局があり、バチカンから手紙を出すことができる。もちろん切手はイタリアのものとは別で、ローマ教皇の顔だった。ここではすべてがローマ教皇なのだ。
 街を歩けば遺跡にあたると言ってもいいくらい、ローマの街には遺跡が転がっている。それがまた大きくてすごい。紀元前からここで人が暮らしていたんだな、と昔の人々の暮らしに思いを馳せるのもローマの楽しいところだと思う。

 
10月26日(火)ナポリ→ローマ 

 いよいよローマ。ローマと言えば、やっぱり”ローマの休日”を思い出してしまう。映画で見た場所に実際に来るというのは、なかなか感動するものだ。夕方、トレビの泉とスペイン広場へ行ってみた。イタリアにはこんなに観光客がいたのかと思うほど、たくさんの人が見に来ていた。スペイン広場は、階段に座っている人が多すぎて、実際の階段が見えないくらい。それにしてもローマの街はきれいだ。街中にゴミが散乱しているナポリから来たので特にそう感じるのかもしれない。

 
10月25日(月)ナポリ 

 今日はナポリ観光の目玉、カプリ島の青の洞窟へ行った。カプリ島へ渡るには何社かフェリー会社があり、会社によっては運賃が倍以上も違う。私達はもちろん一番安いフェリーで行くことにした。安いフェリーは片道75分もかかるカーフェリー。でも、カーフェリーの方が揺れが少ないので、船酔いする私達にはかえってありがたい。朝一で行った甲斐があって、青の洞窟へ入るまでの待ち時間は少なかった。洞窟の中は青く光り、水は透き通っていて、神秘的な空間だった。洞窟内にいられる時間が短いのが残念。なんであんな色になるんだろう。自然というのはすごいものだ。北海道の摩周湖の近くに、神の子池っていうすっごくきれいな池がある。青の洞窟がこれほど有名になるのなら、神の子池ももっと有名になってもいいのに・・・。

 
10月24日(日)ナポリ 

 ナポリは都会だと思ったけれど、ここも日曜日はほとんどの店が閉まっていた。その代わり、中国の人やアフリカの人など出稼ぎに来ている人たちが道端に露店を出していたり、海沿いではノミの市が開かれていたり、日曜日ならではの風景が見られる。疲れたのでマクドナルドで一番安いソフトクリームを買って休もうかと思ったら、ナポリ・セントラルの駅にあるマクドナルドのソフトクリームが1ユーロだった。街中では0.5ユーロ。マクドナルドなのに店によって値段が変わっていいのか!?

 
10月23日(土)カターニア→ナポリ 

 結局、カターニアからナポリに行くには、夜の寝台車か昼のインターシティーで行くしかないらしい(安く行くには何回も乗り換えが必要だった)。そこで追加料金を払って、今日の9時過ぎに出るインターシティーに乗ることにした。昨日、列車の切符を改札機に通してしまったのだけど、24時間以内は有効とのことで、セーフ。シチリア島と本島との間を、列車はどうやって通過するのだろうと思っていたら、列車ごとフェリーに乗り込んだ。大胆だなー。ナポリは久しぶりの都会だった。ホテルも高い。駅でホテルの客引きの韓国人のおばちゃんと出会った。久しぶりの客引きにちょっと嬉しくなってしまった。朝と夜に韓国料理の食事付き、というかなり魅力的な宿だったけど、ユースホステルの方が10ユーロも安かったのでユースに決定。

 
10月22日(金)カターニア 

 昨日の海とは一変、今日はアグリジェントにある遺跡へ行く。アグリジェントまでは列車で片道約4時間。バスだと3時間で着くのだけれど、今日はストライキでバスは走っていないらしい。日帰りするにはちょっと遠かったかもしれない。しかも、今日の夜22時7分の夜行列車でナポリへ行ってしまおう、という強行スケジュールを企てていた。カターニアへ戻ってきたのが21時。すぐにホテルへ荷物を取りに行き、また駅へ戻ってきて、列車は間に合った。列車には間に合ったのだけれど、この夜行列車、なんと寝台車しかなかった。いつもの通り2等のコンパートメントでごろりと寝ていこうと考えていた私達には、もちろん寝台の予約はない。列車内で寝台券を買うと一人31ユーロもかかるというので、この列車に乗るのは諦めた。久しぶりの大失敗だった。仕方なくバックパックを背負って、またホテルへと戻り、気持ちも体もぐったりと疲れたまま眠りについた。

 
10月21日(木)カターニア 

 シチリア島はレッジョ・ディ・カラブリアよりもさらに暑かった。ここはまだ夏だ。今日はシチリア島一のリゾート地、タオルミーナへ行った。タオルミーナで有名なイソラベッラという島へ行こうと思っていたのだけれど、この島へ入るには予約が必要で、予約事務所に電話してみたところ「今日はFullです」と言われてしまった。しかたなく、島のまわりで泳ぐことに。ところが、海に入ってすぐ、海に浮かんでいたくにおくんが「痛てっ」と悲鳴を上げた。海から上がって見てみると背中がボコボコっと腫れている、どうやらクラゲに刺されたよう。クラゲがいるなんて、やっぱりもう夏は終わりなんだな・・・。傷はたいしたことはなかったのでよかった。

 
10月20日(水)レッジョ・ディ・カラブリア→カターニア 

 朝7時、カターニア行きの列車に乗ろうと、ホテルの近くにある、レッジョ・ディ・カラブリア・リド駅へ行った。ところがどう見ても切符売り場が見当たらない。ホームにいたポリスに聞いてみると、切符はセントラル駅で買わなければいけないとのことだった。失敗、失敗。今からセントラル駅に行っても間に合わないので、フェリーでメッシーナまで渡ることにした。レッジョ・ディ・カラブリアからメッシーナまではフェリーで25分。メッシーナの港から鉄道駅は歩いてすぐだった。カターニアまでの列車は、海のすぐそばを走り、透き通ったきれいな海を見ることができた。カターニアでは安い宿を見つけようとがんばったのだけれど、インフォメーションでもらったホテルリストの最安値のホテルがダブルで35ユーロ。それ以下の宿は見つからなかった。このくらいが妥当な値段なのかもしれない。キャンプ場に行こうとも思ったのだけど、キャンプ場まで行くバスは30分待っても来ず、諦めた。しかたなく35ユーロで宿泊。そのかわり、部屋はとっても広いし天井はとっても高いし、快適。

 
10月19日(火)レッジョ・ディ・カラブリア 

 レッジーナの練習を見たい、というだけで、レッジョ・ディ・カラブリアに3泊もしてしまった。元々、サッカーファンだったわけではないのだけれど、一昨日の試合を観て興奮した勢いで、中村俊輔選手にサインをもらいたいね、ということになったのだった。今日、練習があるという保障はないのだけれど、とりあえず練習場に行ってみる。いくつかあるグラウンドではレッジーナのちびっこ選手たちが練習しているけれど、トップクラスの選手の姿は見えない。やっぱりもっと下調べしてから来ないとと駄目なのかな、と帰ろうとしたところ、くにおくんが、奥の方にもグラウンドがあるのを発見。行ってみると、一昨日試合で観た選手達が練習していた。あまりに普通に練習しているので、ビックリ。そして練習後、この歳になってサインをもらうのも申し訳ないなと思いつつ、昨日しっかり買っていたフットサルのボールを差し出すと、中村俊輔選手は快く?サインしてくれた。

 
10月18日(月)レッジョ・ディ・カラブリア 

 めずらしく、何の予定もない1日。レッジョ・ディ・カラブリアは海がきれいで、とてもいいところだけれど、特別な見どころはない。そこで、昼頃から散歩をすることにした。イタリアでは、13時ころから16時ころまでお昼休みを取ってしまうお店が多いようだ。外を歩く人も車も少なくなる。旅行者にとっては不便な習慣だけれど、そんなのんびりしたところが羨ましくも感じる。

 
10月17日(日)レッジョ・ディ・カラブリア 

 朝5時55分、レッジョ・ディ・カラブリアの駅に到着。さっさと宿を決め、荷物を置いて、サッカーの試合の情報収集に出かける。カフェで見た新聞によると、中村俊輔は今日先発じゃないらしい、残念。街の人はみんな「ナカム〜ラ!」と声を掛けてくれる。練習場に行ってみたけれど、練習はやっておらず、試合の2時間前にスタジアムで切符が買えるということがわかった。2時間前、スタジアムのまわりは独特の雰囲気で包まれていた。機動隊や軍なども出動して警備している。ケンカが始まったりもしている。チケットは無事入手できスタジアムに入る。本当は上の方の席だったらしいけど、グラウンドに近い席が空いていたので、ちゃっかりそこに座ってしまった。小さいスタジアムながらほぼ満員。ゴール裏の狭〜い一部分が相手チーム、サンプトリアのサポーター席だった。試合は0−1でレッジーナが負けてしまったけど、後半、中村俊輔が途中出場し、プレーを観ることが出来た。さすがイタリア、セリエA、試合の内容も凄いが、サポーターの力の凄さを感じた。

 
10月16日(土)バーリ→レッジョ・ディ・カラブリア 

 今日の夜行列車でレッジョ・ディ・カラブリアへ向かう。目的は明日のサッカーのレッジーナの試合を見るため。昼頃テントをたたみ、バーリ駅へ行った。特にやることもなく、マクドナルドで時間を潰す。イタリアに入って困ったことの1つがシエスタ。お昼の13時ころから夕方16時ころまで、どのお店も閉まって、街は静まりかえってしまう。カフェなんかも閉まってしまうので、マクドナルドくらいしか居る場所がない。22時04分、やっと列車の出発する時間が来た。この列車はバーリ始発らしかった。車内は空いていてきれい。これまでの中欧での移動同様、コンパートメントを独占して横になって寝ながら移動する事ができた。切符を買うとき「3ユーロかかるけど指定席にしますか?」と聞かれたのだけれど、指定席にしないでよかった。

 
10月15日(金)バーリ ときどき

 バーリから行けるもう1つの世界遺産の町、マテーラへ行く。マテーラへも私鉄で1時間半ほどで、日帰りが可能だ。マテーラは岩の壁にくっついて家々が建てられている町。町の高いところから見下ろすと、なんだか不思議な光景が広がっている。アルベロベッロもそうだったけど、今でもこういった町に、普通に住んでいる人がいるのがまたいい。ここも半日くらいで見てまわることができた。イタリアはどこで何を食べてもおいしい。特に気に入ったのが、アランチーノというライスコロッケのようなもの。リゾットをまるく揚げてあって、揚げたては特においしい。お店によって具がちょっと違ったりするのも楽しい。ライスに飢えていた私達だけに、嬉しい料理だった。

 
10月14日(木)バーリ 

 今日は朝から快晴。バーリに来た一番の目的、アルベロベッロへ行く。バーリから私鉄列車で1時間半、列車の本数もたくさんあるので日帰りで充分行ってこれる。アルベロベッロはトゥルッリという三角屋根の家が特徴的な世界遺産の町だ。日本人も多く訪れるらしく、日本語の看板を出しているお土産屋さんをたくさん見かけた。町は小さくて、半日もあれば見てまわれる。トゥルッリの屋根がかわいくて素敵な町だった。朝あまりに天気が良くて、やった、とばかりに洗濯物や寝袋を外に干して出かけたのだけど、この時期のバーリは夕方になると雨が降るらしく、雲行きがあやしくなってきた。急いで宿に戻ったときには雨が降り始めてしまっていた。洗濯物はまだいいが、寝袋が少し濡れてしまったのが悲しい。

 
10月13日(水)バーリ 

 朝8時、バーリに到着。いよいよイタリアだ。バーリは小さな街だったけど、それでも今までに比べるとずっと都会に感じた。シーズンオフのせいか港の観光案内所はやっておらず、何もわからないまま、とりあえずバスで駅に向かうことにした。駅でも観光案内所は午後からしかやっていない様子。そこで、情報ノートに書いてあったホステルへ行ってみることにした。駅からはちょっと遠いが、他にあてもないので仕方がない。ホステルには、フェリーで一緒だった旅行者達もたくさん来ていた。ところが聞いていたよりもずっと高い。一番安いダブルのバンガロウで1泊46ユーロもする。ドミトリーはホステルの会員証がないと泊まれないらしい。そこで思いついたのがテント。バーリはまだ暖かいから大丈夫そうだし、テントなら2人で17.5ユーロ。暖かいイタリアに来ればテントに泊まって宿泊費を安くできるかも、と考えていたのでちょうどいい。この夜、大雨が降り、雨よけのない私達のテントは雨漏りする、というハプニングに合ったけど、雨合羽をテントの上にかけ、無事寝ることができた。


 


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