笑顔の国、ミャンマー (ミャンマー)

 
 ミャンマーでは、たくさんの人の笑顔と親切に出会い、楽しい日々を送ることができた。

 ヤンゴンのゴールデンスマイルズインのオーナーのご家族。家族構成が複雑?で最後までよくわからなかったのだけど、仲のよい家族だった。
 夜中にヤンゴンに到着し、不安な気持ちでホテルに入ると、お兄ちゃんが笑顔で出迎えてくれた。彼はいつでも丁寧な対応で気持ちよく過ごすことができた。くにおくんのお財布がなくなったときも、バス会社へ何度も電話をしてくれた。普段はロンジーなのだが、日曜日にはジーパンをはいてお洒落をしていた。
 オーナーは少し日本語が話せ、日本語で挨拶をしてくれる。ビルマ語を教えてくれたのもオーナー。「タクシーで行け」と言われた中国大使館に、「バスで行きたい」と言ったら、丁寧に教えてくれ、バスの車掌さんに渡すようにとビルマ語でメモを書いてくれた。
 オーナーの妹さんは、サバサバした威勢のいい人。ミャンマーの、特に女性がよくつけている、木の枝を水と一緒に砥石のようなものに擦りつけて作る、タナカという日焼け止めを、私達にもつけてくれた。

 マンダレーで、アマナプラという木造の橋を見に行ったとき。
 アマナプラは、マンダレーに来て始めて知った場所だった。ホテルでバス停の場所だけ聞き、とりあえずピックアップトラックに乗り込んだ。トラックの荷台はとっても混んでいて、首を横に傾けてなんとか立って乗っていられるという状況だった。するとまわりのおばちゃんたちが、私を助手席に座れるようにしてくれた。くにおくんは大丈夫かな?と思っていたら、おばちゃんたちにミカンを貰ったりして楽しそうだった。バスを降りると、運転手さんがみんなについていけ、と言う。若いお姉さんやお坊さんの後を、言われたとおりついて行ってみる。しばらく歩き、本当に方向はあってるのかな、と不安になると、前を歩いているお姉さん達が笑顔で振り向き、大丈夫というジェスチャーをしてくれた。アマナプラまでは無事到着できた。

 マンダレーで、バガンへ行く船のチケットを買おうとしたとき。チケット売り場がわからず、その場にあった、ちょっと高級そうなレストランで道を尋ねてみた。レストランが営業中にもかかわらず、1人の男性が出てきて、チケット売り場まで連れて行ってくれた。日本人だというと、「桜と富士山と高島屋を知っている、日本はいいところだ」と言ってくれた。チケットを買い終わるまで、一緒についていてくれて、無事チケットを買い終わると、「じゃあね」と言って、あっという間に帰って行ってしまった。

 マンダレーのマンダレーヒルで。
 タクシーでマンダレーヒルの麓に到着し、さて登ろうか、と思っていると、「お〜〜い」という声が聞こえた。振り向くと、このときミャンマーを旅行している日本人の間で密かに話題になっていた、80歳の男性(おじいちゃんと呼ぶと怒られてしまう)バックパッカーだった。これまでもいろいろな国を旅していたらしく、マイペースにご自分の旅を進めている、とてもすてきな方だった。

 バガンのスラマニ寺院の中では、仏像の前で絵を画いているおじさんに出会った。
 日本語の勉強ノートのようなものを持っていたおじさんは、「好きな言葉は、一期一会だ」と言っていた。そんなに観光客がたくさん来るところではない、このお寺の中の同じ場所で、毎日いろいろな仏画を画いているらしい。さんざん画を見せてもらって、写真も撮って、結局何も買わずに帰った私達にも笑顔で手を振ってくれた。翌日、やっぱり画が欲しくなって再度スラマニ寺院を訪れると、他のお土産屋さんの半分くらいの値段で売ってくれた。画の話をするときには、とても真面目な顔になり、自分の画に自信を持っていることを感じさせてくれる、魅力のある人だった。

 バガンからニャウンシュエ(インレー湖)への移動のとき。
 10時間以上もの移動なのに小さな小さなバス。二人掛けのシートは狭く、重なり合うようにして座らないといけない。バスの床に足が付かず、足はずっと宙ぶらりんのままだった。そんなバスで一緒だったイギリス人男性と日本人女性のカップル。彼らは新婚旅行だった。くにおくんでさえ狭くて大変なのに、体の大きなイギリス人男性にはかなりツライ移動だったはずなのだけど、二人ともとても仲がよく、ツライことさえ楽しそうだった。つられて私達も、あまりツライと感じずに移動することができた。

 ニャウンシュエのおいしいパンケーキ屋さん、パンケーキキングダムでは、2人のミャンマー人の女の子と友達になって、自宅に招待してもらった。(このことについては、また別に書く予定です)

 ニャウンシュエのインレー湖ツアーを申し込んだツアー会社のお兄さんは、オフシーズンだったせいもあってか、いつもオフィスにいない。留守番の人が呼びに行くと、息が切れて、しばらく話せないくらいに全速力で走ってくる。
 ツアー料金は前金だけ払って、「残りは後ででいいよ」と言って、そのままツアーに出発してしまった。ツアーから帰ってきて、お金を払おうと思ったら、オフィスは閉まってた。お金は要らないのか?と思ってしまう。夜遅くに、もう一度行ったら、私達がお金を払いに来ることを、まったく疑っていなかった様子だった。私達がこの後ヤンゴンに戻る、と言うと「自分もヤンゴンに行くから見かけたら声を掛けるよ」と言ってくれた。

 他の国だったら、地元の人に日本語で話し掛けられると、警戒してしまう。でも、ミャンマーでは、話し掛けてくる人のほとんどが、純粋に興味があって話し掛けてきている感じがした。日本語を片言でも話せる人が多く、ヤンゴンでは日本語の先生を探しているという人にも出会った。ここに書いた人たち以外にも、たくさんの素敵な出会いがあった。ミャンマーの人たちの笑顔に、いつかまた会いに行きたいと思う。
 これはミャンマーに限ったことではないが、いろいろな国の旅行者と、いろいろな出会い方ができるのも旅行の楽しみの一つだ。
 最後に、とても楽しいミャンマー旅行で、くにおくんのお財布がなくなった(盗られた)ことは本当に残念だった。いい人もいれば悪い人もいる、というのも当たり前のことだろう。(このことは”お財布がない!(仮題)”で後日書きます。)


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