キリング・フィールド (カンボジア)

 

キリング・フィールドに行った。と、いきなり書いてもキリング・フィールドを知らない人もいるだろう。というか、僕はカンボジアのプノンペンに着いて、ガイドブックを開いて初めて、そんなところがあることを知った。
 昔、カンボジアの政治をポル・ポトっていう人がを仕切っていた。そのときに政治に反対する人が拷問され、殺された。それが10人や100人じゃない。何十万人だか何百万人だかという、とんでもない数らしい。キリング・フィールドは、その虐殺が行われ遺体が埋められたところで、現在では過去の過ちを繰り返さないために、その場所が残され一般に公開されている。
 プノンペンからツアーバスに乗って40分も走ると、そのキリング・フィールドに着く。バスを降りるとすぐに、クレクレボーイがやってきた。僕の手からぶる下がるビニール袋に目をつけたのだろう。「なんか食べるものをちょうだい。」ジャスチャーで僕に訴えるが、無視して中に入っていった。

 まず、ガイドさんに案内されたのは、長方形の上に三角形をのせたシルエットの少し高い建物だ。高さは12mぐらいなのかな?建物の壁は一部ガラス張りになっている。遠くから見たときは、建物の中に入って辺りを見渡せるんじゃないかと思った。が、近づいていくと、その中に何だか丸いものが無数にあることに気づく。さらに近づきある地点でやっとわかる。山ほどの頭蓋骨だって。ご丁寧に彼らと目が合うよう、外向きに並べられている。この建物は慰霊塔で、890だか8900だかの(英語のガイドさんだったので、あまりよく理解できなかった)、頭蓋骨が安置されているらしい。日本にいると頭蓋骨を生で目にする機会はまったくない。せいぜい、マンガかブラウン管を通してしか見たことないから、それを見たときは、今まで経験したことのない、冷たく重いものをみぞおち辺りに感じた。
 慰霊塔の説明が終わると、ガイドさんはその裏に行くように案内した。少し暗い気分でついていくと、公園のようなきれいな広場が目に入る。ただ少し変わっていて、その広場に穴が10何個か掘られている。僕はそれを見てたこ焼き機を思い出しちゃったんだけど、この穴がまさに遺体が埋められた穴だった。直径は3から6メートル、深さは1メートル50から2メートルか?穴の中にはゴミもなく芝がきれいに生えている。それがあまりにもきれいなんで、「普通じゃないなぁ」という感じがした。
 次にガイドさんは穴の先にある川沿いの土手に案内する。川の向こうには、まだ掘り返されていない穴がいくつもあり、まだ何万と言う遺体が眠っているらしい。そして、近くの地面に落ちているボロ切れと木の棒みたいなものを指差して、掘り返して出てきた遺体の衣服と骨であると説明した。僕は慌てて自分の靴と地面との間に何もないことを確認した。
 最後にガイドさんは、ある木の前に案内した。「この木の葉っぱを見てください。とても厚くて堅い。それに淵がギザギザに尖っているでしょう。まるで、のこぎりのようにね。殺された後、その遺体の頭と体をこの葉っぱで切り離したんですよ!」このときにはまったく食欲も失せ、ビニール袋にある飴玉は無駄な荷物になっていた。
 ガイドはこれで終わり、残りの約20分は自由時間となった。僕らは案内板を見に行くことにした。が、やはりここでも英語で書いてあり、僕には良くわからない。さっちゃんに辞書を貸して、1人で慰霊塔の近くから、広場全体を眺めることにした。
 一人で眺めていると、ガイドさんの話しを思い出してきた。

 泥を飛ばしながら入ってくる一台の護送車。何人かの男にライフル銃で脅されながら護送車から出てくる家族。・・・・・。穴の中に気づいた父親は顔を歪め、母親は子供の目を覆う。・・・・・。穴を背にして、跪まずく家族。建物から1人の男が出てくる。家族の目の前に立ち、なにやらしゃべる。・・・・・。必死に抵抗する母親から、赤ん坊が取り上げる他の男。・・・・・。赤ん坊を真上に放り投げ、銃剣を天に向ける。・・・・・。男の子に向かってなにか必死に叫ぶ父親。男の子の頭にライフル銃を向ける男。・・・・・。それを穴の中に蹴り落とす。・・・・・。母親に銃口が向けられる。泣き崩れたままの母親はそれに気づかない。父親は止めようとするが、すぐに脇の男2人に押さえつけられる。・・・・・。父親の顔から緊張がなくなり、体からも力が抜ける。男は父親の眉間に銃口を当てる。父親は無表情でぼそりとなにかを言う。・・・・・。大きな葉を持った男が2人、横たわる2つの体の傍に来た。・・・・・。鈍い振動が体全体を伝い、そこから辺りの空気を振動させる。・・・・・。髪の毛を掴み穴にほおり投げる。手と足を持って穴にほおり投げる。・・・・・。

 そんなことを想像していたら吐き気がしたので、ちょっと違う角度から考えてみた。
 僕が首切り役を命じられたら、はたして引き受けるだろうか?家族の命がかかっていたら、引き受けるだろうか?もし引き受けたら、気持ち悪くなりながらもやるのだろうか?そのうち慣れて、冗談を言いな・・・
 「バスに帰る時間だよ。」さっちゃんが僕の肩を叩いて言った。
 バスの近くまで来ると、さっきのクレクレボーイがいた。無邪気な顔で、他の子供達と鬼ごっこをしている。僕の気持ちはすこし和んだ。隠しながら飴玉を口に入れ、バスに乗った。


一番上に戻る